第33話 『 束の間の平和 』


 魔境・ノズワースにわずかな安寧が訪れる。


 ミィリスが誕生して一週間と数日程が過ぎ、魔界城も依然騒がしくはあれど心なしか落ち着きが見られるようになった。

 ミィリス誕生前は魔界城に護衛と警備を集中させていたがそれもなくなり、再び森全域……とまでは流石にいかないが広範囲に警備を回せるようになった。

 それが近年活発化する勇者や冒険者への抑止力となり、結果としてノズワースに生息する魔物の安寧に繋がったわけだ。


「――本日のご報告でございます。ミィリス様」

「はいよろしく~」


 凛とした声音にピシッと背筋を伸ばしたリズに、ミィリスは執務室の椅子に座りながら彼女を見据える。


「ミィリス様のご命令により、城の警備を竜蜥蜴族リザードマンたちの仮避難所へ追加で二体ほど配置しました。さらに二体が昨日、竜蜥蜴族リザードマンたちの住処へ調査に向かわせたところ、ミィリス様のご推測通り冒険者たちが出現したとのことです」

「やっぱりね~。弱った所を一網打尽にすると思った」


 主の慧眼に脱帽しながら、リズは報告を続ける。


「その冒険者数名は既にこちらで要注意人物たちとして警備全体に共有させています。魔物への攻撃が観測され次第ミィリス様へのご報告ということでよろしいのですよね?」

「うん。それで大丈夫。警備の者たちにも見つけたら極力戦闘は避けて、私にすぐ報告するようもう一度念押ししておいてね」

「承知しました」


 相手が勇者であることを鑑みて、ミィリスは自ら対峙するという決断を下した。

 それは無暗に挑んで魔物陣営側の戦力を欠きたくないからという理由らしいが、魔王自らが率先して配下の命を守ろうとする姿勢にリズは未だに慣れない。

 先代『魔王』・アシュトに就いていた時もそうだったが、自分の主君は己の命よりも配下の命を大切にしている――それが、不思議で仕方がなかった。

 そんな疑問を飲み込んでいると、ミィリスの嘆息のような吐息が聞こえた。


「……できればもう少し森全域に警備を回したいけど、そうなると竜蜥蜴族リザードマンたちの警備が手薄になっちゃうなぁ。あぁ、人手が欲しい~」


 机を爪でコツコツと叩きながら呻くミィリス。

 この城が人手不足であることは既知しているミィリス。下手に戦力を分散させてしまうといざという時に対応できなくなる為、各人員、最短5分・最長10分で魔界城へ帰還可能な距離でしか警備範囲を許容できなかった。今この魔界城で最速の移動手段を持つのはミィリスのみ。ミィリスのように巧みに木々の上を移動できる者も片手ほどしかいない。

 人手が足りない~、と嘆くミィリスを見て、リズは思う。


「(――もっと、私たちを手足のように使えばいいのに)」


『魔王』なのにとてもそうは見えない主君に、リズはすっと双眸を細めた。



――――――

【あとがき】

次回から人間サイドのお話になります。人間視点の話があった方がミィリスの存在がより凶悪になるかなー、と思って書きました。

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