第34話 『 冒険者たちの不満 』


 ミィリスたち魔物に与えられた束の間の安寧――しかし、それを当然だが面白く思わない者たちもいた。


「ああクソッ! なんだって狩りに行けねぇんだ⁉」


 苛立たし気に声を荒げるのは、頑丈な鎧に身を包んだ長身の男だった。

 ライトブラウンの逆立った髪が特徴的で、顔の左下にナイフで切られたような痕がある。それは彼にとっては勲章のようなもので、他人にとっては近づきがたい印象を与えた。


「仕方がないでしょー。ギルドから直接注意されてるんだから」

「魔物の活発化。その原因が判明するまでは、できるだけノズワースの奥地は避けるようにとギルドから通達があっただろ」


 そんな男――ギルラを諭すのは、彼と同じ席に座っている青年と女性だった。

 彼らはいわゆるパーティーというやつで、所属しているギルドではそれなりに上位ランカー組として有名だった。

 椅子に腕を組んで泰然としている青年、ユーリスの主張に、しかしギルラが不機嫌そうに噛みつく。


「だからそれを調査すんのも俺たち冒険者の仕事だろつってんだッ。こちとら常に危険と渡り歩いてきたプロだぞ。それなのになんで待機なんだ!」

「ギルドが決めた事にいちいち噛みついてたらキリがないでしょぉ。それくらい分かりなさいよこのバカギルラ」

「誰がバカだ⁉」

「頭の中身がスッカスカのアンタに決まってるでしょ」


 とギルラに呆れた風に叱責するのは杖を持った女性――システィンだった。

 右目下に赤い△の刺青が印象的なシスティン。彼女はこのチームの中で後方支援を担っているが、ギルラとはよく喧嘩をする仲だ。

 そんな二人の言い合いをユーリスが静かに傍観しているのが、彼らの日常だ。


「二人ともそろそろ静かにするんだ。周囲に迷惑だろ」

「ハッ。その周りに人が全然いねぇじゃねえか」

「…………」


 鼻に皺を寄せたギルラの返しに、ユーリスは思わず歯噛みする。

 バン、と強くテーブルを叩いたギルラは「よく見てみろよ」と腕を伸ばして視線を誘導すると、


「皆クエストが受けられず日雇いの仕事バイトに出払ってる状態。ギルドからの状況報告は一切上がって来ねぇ。中には隣街のギルドに移った奴らもいる」

 冒険者という職業はギルドから依頼を受け、それを完遂して報酬をもらって生計を立ててる。ことこの状況において、依頼がない、ないし受けられないというのは冒険者たちにとって死活問題だった。

 故に一刻も早くクエスト受注を再開して欲しいのだが、ギルド側からは一向にその兆しが見られない。


「ギルラの焦りも分かる。しかしギルドだって俺たちの不安をできるだけ早く解消しようと努力してくれてるんだ」

「だから大人しく待てって? そうやっていつまでも肝心な時に役立てねぇからお前は〝冒険者止まり〟なんじゃねえのか」

「ちょっとギルラ!」


 睨むギルラに声を荒げたのはシスティンだった。

 二人はユーリスを挟んで無言で睨み合う。


「……やってられっか」


 先に視線を外したのは、強く舌打ちしたギルラだった。椅子を乱暴に蹴ったギルラはそのまま二人に背を向けてギルドを出ていく。

 それを慌てて連れ戻そうとするシスティンだったが、


「待てシスティン」

「……でも」

「構わない。ギルラの言い分は正しい。今は、そっとしておいてやろう」


 先ほどの罵倒を受けてなお表情を崩さないユーリスがシスティンに制止を呼び掛ける。

 システィンはユーリスの言葉に不服そうに頬を膨らませながらも、肩を落として椅子に座った。


「ギルラ、相当ストレス溜まってるみたいだね」

「だろうな。この間竜蜥蜴族リザードマンたちの掃討作戦でいい結果を出せたから、次もいい結果を出そうと焦ってるんだろう」


 二週間ほど前、ギルドで【竜蜥蜴族リザードマンの討伐】という依頼を受けた。

 近頃勢力をつけていると噂されていた竜蜥蜴族リザードマンたち。そのアジトをギルド側が突き止め、討伐作戦を実行した。

 倒した数はおよそ八体。それらの遺体は持ち帰りギルドに素材として買収してもらった。それが思いのほか高く買い取られたおかげで懐に多少余裕ができたわけだが、それだけでは当然数週間ほどしか持たない。

 金もそうだし、実績を得て〝勇者〟の称号を早く得たい、とはユーリスも思っている。

 気持ちはギルラと一緒だ。しかし、こと今回に限っては慎重でなければいけないと脳が警鐘を鳴らしている気がした。


「……魔物の活性化、か」


 ぽつりと、小さく呟いた言葉は、喉の奥に小骨のように引っ掛かって。

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