第31話 『 魔王の重責 』


「「此度の非礼。誠に申し訳ございませんでした――――ッッ‼」」


 私の圧勝後。竜蜥蜴族リザードマンたちから誠心誠意の込められた謝罪を受けていた。


「その程度の謝罪で許されるはずがないだろう。ミィリス様への数々の非礼と侮辱。その命を以て償ってもらわねば対価になら……」

「はいはい今はクロームの出番じゃないからもう少し静かにしててね~。リズ、お願い」

「ハッ」


 パンパン、と手を鳴らしてリズを呼び出せば、怒れるクロームを羽交い絞めして城内へと引きずり込んだ。


「あっ、おいリズ何をする!」

「申し訳ございませんクローム様。しかし、これもミィリス様のご命令ですので」

「まぁまぁクローム様。此処はミィリス様に任せて紅茶でも飲みましょ」

「そんなことしている場合では……ぬあぁぁぁ⁉」


 額の血管が浮き上がるほど激高しているクロームはリズとシャルワール、トワネットの三人に任せるとして、私は土下座する竜蜥蜴族リザードマンたちに向き直った。


「さてと。お話を続きをしましょうか」

「……どうか命だけは」

「別に私は怒ってる訳じゃないから安心して。貴方たちに報復しようなんてこれっぽちも考えてないから」

「な、なんと慈悲深きお心!」


 うーむ。出会った時の威勢が嘘みたいな態度だ。こうも態度が百八十度変わると私も戸惑ってしまう。

 私は心変わり――否、最初から竜蜥蜴族リザードマンたちはこんな性格なのだろう。

 焦燥や戸惑い、不安が強く働いてしまって私に突っ掛かって来ただけで、本来は温厚な性格だと私は彼らに出会う前に城内にいた竜蜥蜴族リザードマンから聞いていた。

 でも、


「今回は不問にしてあげるけど。次皆に迷惑かけたらどうなるか……分かってるわよね?」

「「~~~~ッ‼」」


 私の顔が笑ってない微笑みに、竜蜥蜴族リザードマンたちは顔面蒼白になると何度も首を縦に振った。


「次迷惑かけたら、皆纏めて骨も残らず塵にするから」

「もう二度と! 金輪際魔王様にご迷惑をおかけるような真似は致しませぬ!」

「ん。分かればよろしい」


 これで竜蜥蜴族リザードマン騒動も一件落着――ではなかった。

 私は地面に額を押し付ける竜蜥蜴族リザードマンたちに顔を上げるよう指示すると、どうして私を試すような行動に出たのかその真意を尋ねた。


「それで、どうしてこんな真似を? 自分たちが負ける、なんてことは容易に想像できてたはずでしょう?」


 その疑問に竜蜥蜴族リザードマンは、


「仰る通りでございます。貴方様がどんな『魔王』であれ、我々が負けるのは明瞭に想像がついておりました。しかしっ! それでも、どうしても魔王様のお力を拝見したかった」

「私が勇者を一人倒した噂は聞いてないの?」

「既に存じ上げております。完勝であったと。故にこそ、我々は魔王様のお心を知りたかったのです」

「私の心?」


 はて、と首を捻ると、竜蜥蜴族リザードマンは拳を強く握りしめながら問いかけた。


「魔王様はご存じでしょうか。我々の村が一週間前――勇者の侵攻に遭ったことを」

「――ぇ?」


 私は竜蜥蜴族リザードマンの言葉に瞠目した。

 硬直する私に、竜蜥蜴族リザードマンは悔しそうに奥歯を噛みながら続ける。


「我々の村は一週間前。勇者共の襲撃に遭いました。それによって同胞は大勢殺され、その亡骸を弔うことも許されず攫われました」

「――――」


 私はそれを聞いてすぐ、その死体が素材されたのだと察した。

 見れば分かるが、竜蜥蜴族リザードマンの鱗は硬く丈夫だ。故に、人間はそれを防具や武器の加工に使っているのだろう。つまり、竜蜥蜴族リザードマンは勇者たちに狩りの標的にされたのだ。

 そして私は同時に竜蜥蜴族リザードマンたちが暴挙に出た真意に気付く。

 彼らは、同胞を殺した人間に復讐を望んでいるのだ。安寧を壊され、仲間を蹂躙され、挙句の果てにその亡骸さえも弔えず利用される――魔物側になってようやく知る。その行為が、どれほど残酷極まりない所業なのかを。


「ごめんなさい。貴方たちの故郷が勇者に襲われる前、私はまだ生まれてなかったの」

「――左様でございますか」


 私の謝罪に、竜蜥蜴族リザードマンはあらゆる激情を押し殺してそう返事した。


「いいのでございます。それならば、仕方がなかったこと。我らに運がなかっただけのこと」


 もしかしたら、その襲撃に遭っていたのは鬼族オーガたちかもしれない。

 もし、この間の襲撃と一週間前の襲撃が逆だったら、助かっていたのは竜蜥蜴族リザードマンたちだったかもしれない。そして殺されていたのは、鬼族オーガたちだったかもしれない。

 だからこそ零れ落ちた悲嘆なのだろう。運がなかったと、あの襲撃を未然に防ぐ方法はなかったのだと、そう無理矢理納得して、胸にしこりが残り続けたまま生き続けて。


 私は彼らに、重い十字架を背負わせてしまった。

 謝罪すらも、もはや意味をなさないほどに。


 ――これが、『魔王』という立場なのか。


 その重責を、私は彼らの慟哭どうこくを聞いてようやく痛感する。

 ぎゅっ、と拳を強く握りしめながら、私は竜蜥蜴族リザードマンに訊ねた。


「仲間は、どれだけ死んだの?」

「……八体ほど、殺されました」

「他に負傷者は?」

「何体かは腕を切り落とされ、隻腕になった者もいれば片足だけになった者、尾を切られた者もいます」


 死者数も多いが、重症者も多数のようだ。

 声音静かに「そう」と顎を引く。


「動ける者は……貴方たちだけ?」

「いいえ。村にわずかほど。まともに動ける者たちは我々とあと数名だけでございます」


 となると被害は甚大――本当に何故、竜蜥蜴族リザードマンがこの危機的状況に陥っているというのに私に一報も来なかったのかが不思議だ。思い当たる節はすぐにあったけど。

 私は一つ大きなため息を吐くと、悄然とする竜蜥蜴族リザードマンの肩に手を乗せた。


「教えてくれてありがとう。失った命は……ごめんなさい。もうどうすることもできない。でも、せめて生き残った者たちは私が責任をもって守るわ」

「け、決してそんなことを魔王様に懇願する為に押し入ったわけではございません! 魔物の世界は弱肉強食、我々が、ただ弱かっただけでございます」

「それでも貴方たちを守るのが『魔王』の務めよ。それに何より、今も不安に怯えている者を放っておくなんて私自身が私を許されない」


 前世の自分は、不安に怯えていても助けてくれる人なんていなかった。だからこそ、今度は困っている者たちを見捨てない――その為の力が、今の私にはあるのだから。


「ひとまず、貴方たちの村に警護を数体配置するわ。できれば城付近に仮の拠点も用意する。人間は弱った所をまた襲ってくる可能性があるから」


 人間ならやりかねない。攻め処と分かっていて、一気に襲い壊滅させようと目論むはずだ。他の勇者か冒険者が横取り――つまりハイエナ――する可能性だってある。

 命は一つしかない。それは人間も魔物も同じだ。そして、今の私は魔物。ならばこそ、魔物の命を守る。


「これ以上犠牲は出させない。安心して頂戴。勇者も英雄も、皆私がまとめて返り討ちにしてあげる」

「――っ! 有難うございます、魔王様」


 竜蜥蜴族リザードマンは大粒の涙を流しながら私に感謝を述べる。

 それだというのに、私の胸には人間に対する不快感で膨れ上がっていった。


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