第30話 『 業火に突き進む水の弾丸 』


 ミィリスと竜蜥蜴族リザードマンの喧嘩が始まろうとしていた城門前には、城内で生息している魔物たちが観客ギャラリーとなって集まっていた。ふと見ればそこにメルルアの姿もあって、ミィリスはなんだか気恥ずかしくなった。


「(こういうのは実力で分からせるのが一番手っ取り早い)」


 ぐっ、ぐっと腕を伸ばしながら、ミィリスは竜蜥蜴族リザードマンに喧嘩を吹っ掛けた経緯を振り返る。

 彼らの不満は、端的に言えばミィリスの『魔王らしからぬ行動』が原因なのだろう。

 他の『魔王』がどんな在り方をしているのかは一度も遭ったことがないから分からないが、竜蜥蜴族リザードマンはミィリスの在り方に懐疑心を抱いている。

 弱い者には付き従わない――それが魔物の在り方。ならば、自分が彼らよりも〝格上〟なのだと証明すればいい。なんともシンプルな方法だ。


「なぁ魔王様。一つ聞きたいことがあるんだが……」

「なに?」


 脇腹を伸ばしながらミィリスは竜蜥蜴族リザードマンの声に耳を傾ける。


「本当に俺たち全員で掛かってきていいんだな?」

「えぇ。貴方たちが何体掛かってこようと問題ないわ」

「――ッ! ……死んでも知らねぇからな」


 ミィリスの発言が挑発だとでも勘違いしたのか、竜蜥蜴族リザードマンは鋭い牙を鳴らして琥珀色の瞳を細くする。

 どうやら全力で挑む気になったようで、ミィリスも温め終わった体の調子を最終確認して竜蜥蜴族リザードマンたちに向き直った。


「さてと――どこからでも掛かって来なさい」

「「――ッ‼」」


 正面に仁王立ち、不敵な笑みを浮かべるミィリス――彼女から放たれる重圧プレッシャーに、十体の竜蜥蜴族リザードマンたちは一斉に怯んだ。

 全身から、淀みなくあふれ出る重圧プレッシャー。それは竜蜥蜴族リザードマンに〝一歩でも踏み込めば殺される〟という畏怖を与えた。


「ほら、来ないの? 私は無防備だし、何なら数分は攻撃しないであげるけど」

「――ふざっけんな!」


 ミィリスの露骨な挑発に、一体の竜蜥蜴族リザードマンが掛かった。

戦う直前、竜蜥蜴族リザードマンに『魔王』に挑むその勇気を称えて装備させたジャベリン。それを握って、竜蜥蜴族リザードマンはミィリスに突貫。


「そんなんじゃ当たらないわよ」

「なに⁉」


 しかし、ミィリスは容易く攻撃を躱す。当然だろう。ミィリスには彼らの動きなど止まって見えるようにスローモーションに視えるのだから。


「くっそ!」「オラァ!」


 一体に続き二体が、ミィリスに突貫してくる。それぞれ短剣と長剣を握りしめながら、ミィリスを倒すべく重圧プレッシャーを跳ね除けて果敢に突っ込んでくる。

 それすらも――もはや見るまでもなく、目を閉じたままミィリスは躱した。


「――すごい」


 観衆たちの中から、ふとそんな熱を帯びた感嘆が聞こえた。

 一体、二体……十体の竜蜥蜴族リザードマンたちがミィリスを取り囲んで一撃を浴びせるべく殺傷能力の優れた武器を振るう。それを、ミィリスは踊るように躱し続けた。


「おほほ~。そんな攻撃、私には掠りもしませんわよぉ~」


 先ほどどこからか聞こえた賞賛に案の定調子に乗り始めたミィリス。余裕綽々の表情を浮かべるミィリスとは対照的に、絶えず攻撃を続ける竜蜥蜴族リザードマンたちの息がわずかに上がってきた。

 一斉に斬撃が脳天に振りかかろうとした直前、ミィリスは大きく跳躍すると空中で回転した。くるくると優雅に回りながら、一度蜥蜴族リザードマンと距離を取った。

 ぜぇぜぇ、と荒い息を繰り返す竜蜥蜴族リザードマンたちに、ミィリスは「どう?」と前置きして、


「まだ満足しないかしら?」

「はぁ、はぁ……一発も攻撃しない小娘が何を偉そうに……」

「はぁ。やっぱり強めのお仕置きが必要みたいね」


 決着が着くまで戦闘続行を望む竜蜥蜴族リザードマン。ミィリスはそのやる気だけは尊重するも、呆れた風にため息。

 仕方ない、とミィリスも覚悟を決めた。


「――ハッ」


 姿勢を低くするミィリスは、鋭い呼気の後爆ぜるように地面を蹴った。弾丸にも似た突貫は竜蜥蜴族リザードマンたちのそれとは桁外れの速度であり、瞬きの間に開いた距離が埋まる。

 慌ててミィリスを迎撃しようとする一体――その溝落ちに打撃を浴びせる。全力で殴ればそれだけで死ぬ可能性があったので、威力はかなり抑えているが、それでも拳が腹にめり込む。

 ミィリスの一撃に悶絶し、地面に膝をついて一体が戦闘不能になる。


「……あっごめんなさい!」


 続けざまに一体を戦闘不能。後方から殺気がして足蹴りで迎え撃てば、オスの急所に当ててしまった。べつに当てようと思って当てた訳ではないが、申し訳なくなって咄嗟に謝罪がこぼれた。

 ぺこりと頭を下げた隙を狙って竜蜥蜴族リザードマンが反撃に出る――しかしその攻撃を、ミィリスはもはや振り向くことすらなく躱した。

 神業。それを容易く成すミィリスに、魔物たちが一斉に沸く。クロームは目を瞠り、リズはそれに息を飲み、シャルワールとトワネットはお互いに手を握りながらその場で飛び跳ねていた。 

 そしてミィリスの母、メルルアは、娘の活躍をただただ静かに、けれど瞬きを一切することなく見届けていた。


「このまま、やられてたまるか!」

「――私は『魔王』だから、その期待に応えなきゃならないの」


 吠える竜蜥蜴族リザードマンたちはまだ負けていないと瞳に闘志を燃やして、口を大きく開いた。そこからゆらりと炎が見えた瞬間、視界が炎に覆われた。

 業火を彷彿とさせる火炎放射がミィリスを焼き尽かさんと襲った。

 魔法『ファイアブレス』――竜蜥蜴族リザードマンとドラゴン、一部の魔物だけが使える魔法。

 凄まじい熱波の暴力に流石のミィリスも後退を委ねられる――はずもなく、ミィリスは真っ向から『ファイアブレス』を受ける。


「中々いい魔法ね。でも……」


 スッ、と手を掲げたミィリス。熱波は依然とミィリスを焼き尽かさんと熱量を上げていく。灼熱に喉が急速に乾くような感覚。肌がひりひりと炙られるような痛み。熱波と熱波が重なり更なる火力を上げていくその最中で、ミィリスはくすりと笑った。


「私の魔法に勝てるかしら」


 それは、この状況で試すのに打って付けの魔法だった。

 自分で試そうと思っていた状況を奇しくも怒れる竜蜥蜴族リザードマンたちが作ってくれたことに、ミィリスは胸中で感謝した。

 その魔法を試すのに、これ以上の炎はない。故に、ミィリスは笑ったのだ。

 業火の中、ミィリスは徐に手を伸ばした。ゆったりと上がり切った手は、拳銃を彷彿とさせるように模られていた。

拳銃を模った手。そこから放たれる魔法は――


「ウォータ」


 それはミィリスが、自分の喉が渇いていた時に水分補給用として使っていた水の魔法だ。

 豆鉄砲にも満たぬ威力だった魔法。しかしそれは、ミィリスが魔力を調整していたから。

 銃口を模した指先。そこに唱えた魔法が炸裂しようと不可視の力が蓄積されていく。螺旋を描くように空気中の水分が凝縮され、弾丸に似た小さな水塊すいかいが空中で震えていた。


「バンッ」


 と掛け声を合図に、水塊が指先から放たれる。それは燃え盛る空間で蒸発することなく弾丸の形を保ったまま一直線に業火を駆ける。

 水塊はやがて一体の竜蜥蜴族リザードマンに届くと、防具に触れた瞬間に強く弾けた。あまりの威力に口から放出していた炎が途切れ、巨大な図体が大きく後方に吹っ飛ぶ。

 極限まで圧縮された水の塊。それはまさしく弾丸――否、それ以上の威力が竜蜥蜴族リザードマンを襲った。そしてその弾丸が、火炎放射を放ち続ける竜蜥蜴族リザードマンたちに次々と襲い始めていく。


「バン」

「ぐはっ」

「ババンッ」

「かはっ」


 一体、また一体。弾けた水音と共に吹っ飛ばされていく。倒れる度に火炎放射の数も減っていき、業火はやがて火炎へと、燃えカス同然の炎へと鎮火されていった。その光景を自分の順番が来るまで続いた竜蜥蜴族リザードマンの一体は、目の前で繰り広げられている無情な光景に放っていた火炎放射を無意識に止め、その場に茫然と立ち尽くした。

 遂に立っているのは一体だけとなって、ミィリスは煙など手から出ていないのにわざとらしく指先に息を吹きかけた。

そして茫然と立ち尽くす一体の竜蜥蜴族リザードマンに向かって、ミィリスはにこっと笑いながら尋ねた。


「どう? 少しは私の実力分かってくれたかしら」

「……ははっ。大変、御見それしました」


 実力の差を認めたのと同時、パァァンという水が弾ける快音が森に響いた。





【あとがき】

こんな連続して更新してると死にますが、戦闘シーンがある回はやっぱり連続で更新したい欲求に負けてしまう執筆バカを応援よろしくお願いします。

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