第27話 『 この笑顔を守るために 』


「きゃはは!」

「ほーら! 皆もっと高く飛んでも大丈夫よ! なんならもう一枚足してあげる!」


 勇者に勝利した翌日。私は再び鬼族オーガたちの集落に訪れていた。

 昨日はあまり彼らと親しむことはできなかったが、今は【幼体】の鬼族オーガの子たちに『クモイト』を利用したトランポリンを満喫してもらっていた。


「きゃはは! すごいすごーい! 見てみて魔王様! 僕こんなに高く飛んでるよ!」

「おぉー。すごいわね。女の子たちもあの子に負けずもっと高く飛んでみなさい!」

「それは無理だよ魔王様⁉」


 笑みが溢れる空間。その奥で、ハラハラと私とオーガの子が戯れているのを見守る女性、リズがいた。


「あわあわ⁉ あんなに高く飛んでいて本当に大丈夫なのか⁉」

「ご心配要りませんよリズ様。我々鬼族オーガたちは体が頑丈なのが取り得ですから」

「しかしだな、あれはさすがに高すぎる気がするのだが⁉」


 まぁ、リズの懸念も分かる。

 ぴょーん、ぴょーんという効果音とは裏腹に、子どもたちは五メートルくらい飛んでいる。保護者目線で見ている私でも内心、危なくね? と冷や汗を流していた。

 そんな私たちの心配を余所に、鬼族オーガの村長さんは軽快に笑っていた。


「しかし、クモイトをあのように使うとは。ミィリス様の考えには脱帽せざるを得ませんな」

「本当にその通りだ。クモイトを使えるのはジャンプスパイダーだけだというのに、まさか本体よりも巧く使ってみせるとは……流石です魔王様!」

「ふっふー。こういうのは遊び心が大事なのよ」


 私はリズと村長さんの話を横耳を立てながら聞いてピースサインを作る。

 そう、実験には遊び心と探求心が大事なのだ。

 魔法は科学ではないが、試作と実験によって他者の想像を超える結果をもたらすこともある。

 この『クモイト』がまさにそれ。


「魔力の調整次第で吸着性を上げることもできれば、弾性を強化することもできる」


 このトランポリンが後者だった。

『クモイト』は本来、外敵を捕縛する為に用いられる魔法なのだが、魔力調整次第で弾く性質に変化――というよりその性質を上げることができる。

 簡単に説明すれば、魔力【100】で粘着性。魔力【40】で弾性を持つ『クモイト』が生成できる。

 四割程度の魔力では耐久性が低くなるのでは、と懸念した私は、こうして子どもたちに耐久テストを頼んでいる訳だ。そして、どうやら多少の衝撃では破れることはないみたい。


「いやぁ、それにしても子どもたちの楽しそうな笑みを見て心が満たされるのは久しぶりね。前世は鬱になって視界に映る何もかもが不快だったけど、魔物になってから毎日が充実してるわ」


 そのおかげで毎日笑顔である。あぁ、子どもたちの笑顔とお天道様が眩しい。若いっていいわぁ。私もまだ【幼体子ども】だけど。

 魔物として生きる適正が存外高く驚いていると、ふと私は木陰からこちらを覗く気配に気づく。

 また勇者か? と眉を吊り上げて視線がした方向に顔を向ければ――


「あら隠れちゃった」


 私に見られたことに気付いて、小さな物陰が木陰に隠れてしまった。

 その僅かな瞬間に捉えた小さな角に、私は即座に隠れた理由に見当がつく。


「いるいる。私も小さい頃よくそうしてたもん」


 たまに、公園で楽しそうに遊んでいる子たちを遠巻きに羨ましそうに眺めている子どもがいた。それが私。


 そんな私に気付いてその子たちが手を差し伸べてくれた――なんてことはなく、私は独りぼっちのまま、気付けば夕暮れになっていて涙を流しながら家に帰った日々を思い出す。


 なんだこの地獄の思い出は。今となっても虚しくなって涙が出そうになるわ。

 黒歴史というか永遠に開いてはいけなかった激苦な思い出に頬を引きつらせつつ、私はあの日の私に似た子に近づいていく。

 ぴたりと足を止めれば、木陰に隠れたままの子がビクッと肩を震わせた気配がした。しかし、依然として木陰から出てくる様子はなく、私が立ち去ろうとするまで息を潜めていた。

 私はそんな子の意思を尊重して引き返そうと――


「――わあ‼」

「きゃあ⁉」


 私は躊躇うこともなく、木陰に隠れたその子に向かって大声を上げた。

 唐突に大声をあげたせいか、その子はビクッ! と背筋が仰け反るほど驚愕した。


「アナタ、あそこで何をしているのかしら?」

「あ、え、……いえ、その」


 私は小さな女の子と目線が合うように屈んでそう尋ねる。

 委縮する少女は指をもじもじさせたまま、視線を右往左往させながらただ黙るばかり。

 無論、私はこの少女が〝何をしたいのか〟は既知している。あの時の私と一緒だ。しかし、それは彼女本人が伝えてくれなければ意味がない。

 この子の意思を聞きたい、そう懇願するように、私も無言のままじっと少女を見つめた。


「……わ、私は……その、ええと……み、みんなと……」

「うん。焦らなくていいし、ゆっくり教えてちょうだい。アナタのやりたいこと」


 震える小さな声音。気恥ずかしくて自分の思い通りに言葉を紡げない葛藤。昨夜の私と、この子は全く同じだった。だから、私はメルルアお母様がしてくれたように、慈愛を以て振り絞ろうとしてくれている勇気に寄り添う。


「みんなと、いっしょに……魔王様と……」

「うん」

「あ、あそび、たい……です」

「そう。ちゃんと言えて偉いわ。よく出来ました」


 勇気を振り絞って気持ちを吐露してくれた少女に、私は賞賛を送るように小さな頭を撫でた。

 勇気を出せたことに少女はぱぁ、と顔を明るくして、破顔する。


「よし、なら皆の所に行きましょう!」

「え、ああっ⁉」


 私は立ち上がると――あの日独りぼっちだった私の手を握るように――少女の手を引いて、無理矢理木陰から引っ張り出した。

 狼狽する少女。私はその小さな背中を押して言う。


「大丈夫、大きな声で「私も遊びたい!」って言うだけでいい。安心しなさい。もしアナタを仲間外れにする悪い子がいたら、お尻に真っ赤な紅葉が出来上がるほどお尻ぺんぺんの刑に処してあげるから」

「魔王様のお尻ぺんぺんはすごく痛そうです」

「寝て起きて次の日まで痛みが引かないくらいには叩くわ」


 とドヤ顔で言うと、流石の少女も引いてしまった。

 冗談よ、と慌てて付け加えると、少女が可笑しそうにくすくすと笑った。


「アナタ、名前は?」

「せ、セオリです!」

「そう、セオリというの。素敵な名ね」

「あ、ありがとうございます魔王様」

「それじゃあセオリ。皆の所へ行って遊んできなさい。これは魔王命令よ」


 けれど声音は朗らかなまま、命令というにはあまりに威圧感のない強要。

 それに鬼族オーガの少女――セオリは「はいっ!」と力強く頷くと、皆の方へ走っていった。

 駆け出したセオリは他の子たちと合流して、一層可憐な笑みを咲かせると他の子どもたちと一緒にトランポリンで遊び始めた。


「――ほんと、いい景色ね」


 なんとも楽しそうに遊ぶ子どもたちを見て、私は満更でもなさそうに口許を綻ばせたのだった。

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