第25話 『 リズが見た殺戮ショー 』


「――う、そ」


 戦場へ遅れて駆け付けたリズが見たのは、言葉を失うほどの力差だった。

 あらかた済ませた鬼族オーガの避難は村長とリュウセンに任せ、自分も加勢に行こうと全力でミィリスの下へ向かった。

 ミィリスの言葉に疑念があったわけではない。勝利を確信している。けれど、ほんのごくわずかな、それこそ残滓ほどの不安の欠片が胸にあって、それが勝利を確信する頭に『敗北』のイメージをちらつかせてくる。

 もし、魔王様が勇者に討ち取られてしまったら、今度こそ自分は誰にも顔向けできなくなる――そんな不安は、視界にそれを捉えた瞬間にまたたく間に消えて。


「――ぐはあ⁉」


 リズがミィリスと勇者の戦場へと駆け付けたと同時に見たのは、繰り出された拳打をミィリスが容易く避け、勇者のみぞおちに膝蹴りを浴びせた瞬間だった。

 その一撃に鎧が砕け、衝撃に体が宙を舞う。よほどの衝撃だったのだろう。勇者は身動きひとつ取れぬまま、まるで羽をもがれた鳥のように地面に落ちる。


「――ぁ」


 戦闘と呼ぶには、あまりにお粗末すぎる光景。

 その光景は、『魔王ミィリス』の蹂躙だった。

 圧倒的弱者を玩具にして、愉悦のままに暴力を振るう邪悪の権化。ミィリスと勇者にある絶対に埋まることはない実力差に、リズは瞬きもせずその最期を見届けた。


「――あ、リズ。もう皆の避難は終わった?」

「――ぇ」


 つんつん、と地面に倒れた勇者を指で突くミィリスが顔を振り向かせる。それに、リズは驚愕する。

 何故なら、リズがいるのは樹木と樹木の間。まだ茂みに隠れている状態で、ミィリスとの距離は数メートルほどある。

 物音が聞こえても、それで誰か区別つくような距離でも開けた視界でもない。けれど、ミィリスはそこに居るのが『リズ』だと断言した――この空間一帯を余すことなく認識でもしているかのように。


「……は、はい。鬼族オーガたちの避難は完了しました」


 生唾を飲み込み、リズは茂みの奥から姿を現しながら報告した。リズの登場にミィリスは驚く様子もなく「そう」と安堵の息を吐くと、


「皆には無駄な心配させちゃったかしら。保険をかけて避難させたけど、この勇者あんまり強くなかったし。あぁ、でもこう言ったら勇者に失礼か。うーん、でもなぁ、あんまり戦っててわくわくしなかったしなー」


 と勇者の亡骸を見ながら呟くミィリス。その様を、リズはただ茫然と眺めていた。


「(――勇者が弱かった?)」


 そんなはずはないのだ。勇者とは、人間が人間にその実績と功労を称えて与えられる称号であって、リズたち魔物からすれば英雄に次ぐ『脅威』となる存在。

 無論、そこにも当然実力差はある。しかし、いずれの勇者も容易く払いのけられる存在ではないのだ。

 その脅威を彼女は、リズたちが鬼族オーガたちを避難させているわずか五分の間に払いのけてみせた。


 正に――『魔王』


 まだあどけない少女に、リズは全身の産毛が残らず逆立つような怖気を覚えた。


「(――ミィリス様は、アシュト様を遥かに凌駕している。おそらく、他の『魔王』さえも)」


 思わず、笑みがこぼれた。

 それは、ミィリスに希望の光を見たからだった。

 ノズワースの未来を託し、自分たちの願いを託して生まれた『魔王』は、まさしくそれを体現する力を持った唯一無二の『魔王』


「(帰還したら、クローム様とメルルア様に早速報告しよう)」


 勇者の亡骸をどう処理するか悩んでいるミィリスの下へと寄りながら、リズは胸の中で今一度強く、彼女に忠誠を誓ったのだった。




 ――――――

【あとがき】

ちなみにこの勇者の死体はリズの提案で放置されたまま、猛獣のエサとなりました。その話も後にされますが、ここで補足させていただきます。

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