第21話 『 鬼たちの村へ 』

 今日は予定通り、リズが同行のもと、魔物の集落へと向かっていた。


「あ、ねぇねぇリズ。あれはなんて魔物?」

「あれはただのバイコーンでございます」


 鹿っぽい魔物を見つけてリズに尋ねると即座に回答が返ってきた。


「あれ美味しいの?」

「はい。昨日の食事で出ていた肉が、まさにバイコーンの肉でございます」

「あの美味しいお肉があれだったのね」


 私の舌をうならせた肉が目の前にいると思うと、途端にお腹が空いてきた。

 無意識にじゅるりと涎を垂らしていると、リズが「ミィリス様」と名前を呼んだ。


「差し支えなければ私が狩って参りましょうか?」

「いえ結構よ。毎日好物ばかり食べると感動が薄れるから。焼肉とか寿司とかは特別な日に食べるからより美味しく感じるのであって、毎日食べると飽きるでしょ」

「ヤキニク? スシ?」

「失礼。空想の中で私が勝手に作った料理よ」


 異世界の料理に首を傾げるリズに、私は失言だったと適当に誤魔化す。

 生まれて四日の赤子が自分たちの知らない料理を知っているのは流石に不信感を抱かせる。故に、私は慌てて知っていることを知らぬと嘯いた。

 それにリズは曖昧な吐息をこぼしながらも納得してくれたようで、


「ではその夢で見た料理、私に教えていただけないでしょうか」

「なんで?」

「それは勿論。ミィリス様にご満足のいく食事をお届けする為にございます」

「べつに無理に頑張らなくていいのよ?」


 本当はちょっと恋しいけれど。

 そう思っていると、リズは「そういう訳には参りません!」と力強い眦をみせて訴えてきた。


「ミィリス様のご所望しているものをご用意できない私共が配下である資格はございません! 私共の務めはミィリス様のご所望を聞き入れ、それを確実に実行することでございます!」

「忠誠心たけぇ」


 なんだこの忠誠心の塊は。ある意味意固地すぎてこちらが引くレベルだ。

 この頑固娘は忠誠心が高すぎるせいで半ば強引に私に許可を取らせて来るんだよなぁ、と頬を引きつらせつつ、私は瞳に闘志を燃やしているリズに呆れながらも頷いた。


「分かったわ。今度詳しく教えるから、実現可能であれば実現してちょうだい」

「いえ、必ず実現してみせます!」

「……いっそ感服するほどの忠誠心ね」


 やれやれと肩を落としながら、私とリズは森にある集落を目指して再び歩き出す。リズの頑固さに呆れてはいるが、内心では焼肉と寿司をこの世界でも食べるかもしれないと高揚している自分がいた。

 まぁ、焼肉なんて豚とか牛を部位に分けて細かく切って、熱した鉄板に乗せて焼くだけなのだが。しかしせっかくなら七輪で食べたいものだ。くあぁぁ、ビールも飲みたくなってきたぁぁぁぁ。

 まだ午前中だというのに頭は焼肉とビールのことでいっぱいになってしまった。数時間前に朝食取ったのに、もうお腹も空いてきた。


「……ビール飲みてぇぇぇ」


 もう返れぬ故郷ニッポンに哀愁を覚えたのは、あの小麦色の発泡酒のせいだった。


 魔界城から数キロ離れたところで、ようやく集落が見えてきた。

 私はわずかな徒労感を覚えながらも、声が聞こえる方角に導かれるように足を速める。

 初めに出会う魔物たちはいったいどんな種族かとわくわくしながら茂みを抜ければ――、


「あら、鬼がたくさん」


 開けた視界で捉えたのは、額から角を生やした魔物――鬼族オーガだった。

 歓喜する私に、鬼族オーガたちは驚愕したように目を瞬かせていた。

 お互いに無言のまま睨み合う状態。そんな膠着状態を終わらせたのは、私の専属秘書であるリズだった。

 リズは私の隣に仁王だつと、鬼族オーガに向けて勢いよく手を掲げた。


「何をしている鬼族オーガたちよ! 今すぐ魔王様の前に跪き頭を垂れよ!」

「出会って秒で忠誠誓わせるのやめてくれる⁉」


 そんな私の懇願も届かず、鬼族オーガたちはリズの声に更に驚愕の色を濃くした。

 ざわつく鬼族オーガたちは、互いの顔を見合いながら「本当に魔王様なのか⁉」とか「あのお方が⁉」などと困惑していた。

 しかし、その動揺は一体の鬼族オーガが私に向かって膝をつくと同時にピタリと収まった。

 一体の鬼族オーガの跪拝を中心に、他の鬼族オーガたちも一斉に跪拝きはいする。


「忠誠の儀が遅れてしまい申し訳ございません。魔王様!」

「いや、アポなしで来たのはこっちなんだから、そんなに畏まれても困るんですが……」

「図が高いぞ皆の者! もっと深く、誠意を込めて頭を下げ……」

「リズ、ちょっと静かにしてて」

「も、申し訳ございません!」


 これ以上深く頭を下げられても困るのは私の方なので、張り切るリズには申し訳ないが口を閉じてもらった。

 しゅん、と項垂れる専属秘書を横目に、私は跪拝する鬼族オーガに向かって「頭を上げて」と促す。

 鬼族オーガたちは動揺しながらも、私の指示に従ってくれた。


「んんっ、まずは自己紹介からが定石よね。――初めまして鬼族オーガの皆さん。私はミィリス。一応、ノズワースの『魔王』です」

「一応ではなく事実『魔王』です」

「自分で『魔王』って言うの恥ずかしいのっ」


 小声で訴えてくるリズに私は頬を朱に染めて反論した。

『魔王』ではあるが、やはりまだ自分が『魔王』であることに慣れがこない。こう、自分のことを『魔王』と言うと歯が浮くような気分になってしまう。

 私は鬼族オーガたちに向き直りつつ、彼らに楽になるよう懇願する。


「急に押しかけちゃって本当にごめんなさい。今日はただノズワースにどんな魔物が住んでいるか見に来ただけなの。だから、いつも通りにしてくれると助かります」

「「――――」」


 私の懇願に鬼族オーガたちは返答することなく、ただ呆気取られたように目をぱちぱちとさせていた。

 何かおかしなこと言ったかな、と不安になっていると――突然鬼族オーガたちが泣き始めた。


「あぁ、ああ! なんて素晴らしいお方なのだ! 我々のような下位種にもこれ程までに慈悲を持って接してくれるとは! これが、これが我らノズワースの魔王様なのですね⁉」

「なになになんでこうなった⁉」


 凝然とする私を余所に、感涙している鬼族オーガに向かって同調するようリズが意気揚々と声を張り上げた。


「そうだ! 我らが『魔王』・ミィリス様は慈悲深く寛大なお方なのだ! それを理解したのならもう一度ミィリス様に強く忠誠を誓えぇぇ!」

「「――ははあ!」」

「状況をややこしくするなぁ⁉」


 主を置き去りにして勝手に盛り上がる配下たち。

 そんな私の魂の叫びは、忠誠心が強い魔物たちの耳に届くことはなく、彼らの気が済むまで中世の儀は続いたのだった……とほほ。





 ―――――――

【魔物紹介】

鬼族オーガ。額に角を生やした魔物。容姿は人間とさほど変わらない。幼体は額の角が一本。成体は角が二本。幼体から成体へ成長する際、一度額に生えている角が抜け落ちる。

 戦闘能力は高く、肉弾戦、近接戦を得意とする(ゴブリンと戦闘スタイルが似ている)。しかし、魔法適正が低い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る