第20話 『 リズの憂い 』
「リズ。ちょうどいいところに」
「……クローム様」
自部屋に戻ったミィリスを見届けて、自分も少し休憩をと部屋に向かう最中、ばったりと
ちょいちょい、と手をあおぐクロームにリズは小首を傾げながら近づいていく。
「私に何か御用が?」
「あぁ……その、魔王様のご様子を聞きたくてな」
何故か少し聞きづらそうに顔を顰めるクローム。
彼は初日以来ミィリスと全く会話をしていないからか、リズと違ってまだ距離感を窺っているのかもしれない。
クロームはどちらかといえば、ミィリスの母であるメルルアに付き添っている時間の方が長い。政略的な事を考慮すれば当然で、誰もクロームを責めている訳ではない。
クロームも忠誠心の強い魔物だ。ミィリスの傍にいられない現状に歯がゆさを覚えているのだろう。
そんなどこか緊張を隠し切れないクロームに、リズは「ご心配要りません」と前置きすると、
「ミィリス様は大変健やかに過ごされています。……少々、元気すぎるくらい」
「ど、どうしたリズ⁉ 急に顔色が悪くなったぞ」
「オキニナサラズ」
はは、と頬を引きつるリズに、クロームは狼狽する。
クロームが分からないのも当然だが、身近でミィリスを見てきてリズには、彼女の日々の過ごし方は側近にとって少々胃に負荷が掛かる緊張感だった。
別にミィリスが怖い、という訳ではないのだ。ただ、あのわんぱくっぷりにハラハラさせられる。
昨日は森の一部を荒地に変え、今日はジャグモという魔物が出す『クモイト』を使って空を滑走していた。
リズが途中で現れなければもうしばらく『クモイト』を使って遊んでいたのだろうな、と思うと、また胃が痛くなってきた。
「明日は、ノズワースの集落を見に行くと仰られましたよ」
「そうか。ではその手配をしなくては……」
「いえ、自分の足で歩いていくと」
「いやいや魔王様にそんなことさせるわけにはいかすまい!」
「魔王命令、だそうです」
「~~~~っ⁉」
苦笑交じりに言えば、クロームは目を白黒させた。
魔王命令とあらば、リズたちは従わざるを得ない。リズの苦虫を嚙み潰したような顔をしてる理由をなんとなく察したのか、クロームは嘆息をこぼした。
「うーむ。ミィリス様はなんともアシュト様に似ておられるな。あのお方も、森の様子見にわざわざ竜車を引き出す必要はないと拒んでおられたからな」
「えぇ本当に。血が繋がっているのだから当然なのでしょうが、お二人とも不思議な方です」
魔王であるはずなのに、どうしてかそんな威圧感が感じられない。アシュトも、ミィリスも、そしてメルルアも、この魔界城の支配者は良くも悪くも『支配者』らしくない。
だから不思議と自分たちも魅了されるのだろう、と思ってはいるが、そうなると懸念事があって。
「……ミィリス様は、本当にお強いのでしょうか」
「何を言っている無礼だぞ。それに、昨日も今日も、魔王様の修練を見ていたのは貴様だろう」
「それはそうですが」
肩眉を上げるクロームに、リズは歯切れの悪い返答。
ミィリスが先代魔王・アシュトを超える方だというのは直感で分かる。しかし、他の魔境の『魔王』と肩を並べられるほど強いかと言われれば、今のところ断言はできない。
「焦る必要ないのだ、リズ。ミィリス様はまだ【幼体】。これからさらに強くなられる」
「そう、ですよね」
「あぁ。魔王様が無事に【成体】になられるためにも、我々が魔王様を命をとしてお守りするのだ」
「――はい」
クロームの言葉に、リズは不安を振り払って強く顎を引く。
そうだ、その為に、私たちがいるのだ。
魔王専属配下であるリズたちの任は、命を賭して魔王の肉盾となること。
今度こそ、それを実現するのだ。
「ありがとうございます、クローム様。少し、元気が出ました」
「悩み事があればいつでも話に来い。部下の悩みを聞くのも、私の務めだ」
クロームもアシュトら同様に良い方なんだよな、とくすくすと笑いながら、リズは明日に向けて気合を入れ直すのだった。
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