第16話 『 専属秘書の憂い 』
ミィリスが「ちょっと体動かしてくる」と言ってからそろそろ一時間が経つ。
リズはそれならば自分も同行すると進言したが、ミィリスに「一人がいい」と言われてしまったので悶々としながらずっと城内で待機していた。
その間、外では度々轟音が鳴っていて、リズは気が気でなかった。
そして体はいつの間にか城内を出ていて、気が付けば轟音の鳴る方へ足を運んでいた。
魔王様に何かあれば一大事、そんな不安を抱えながらミィリスの下へ着いたリズが見た光景は、
「――なに、これ」
それは、まるでそこで戦闘でも起きたのかと見紛えるほどに、惨状と化した森林だった。
靴が踏む芝は所何処が抉れていて、樹木が幾つも折れているし傾いているものもある。おそらく、これが轟音の正体――そしてそれを成した者は、
「あれ、リズ?」
「み、ミィリス様」
荒れた雑木林の奥から出てきたのは、リズの主君――ミィリスだった。
彼女はリズを捉えると「どうしたの?」とでも言いたげに眉根を寄せながら歩み寄ってきた。
「何かあった?」
「い、いえ……何もございません。しかし、これは……」
青ざめた顔で荒地を見渡せば、ミィリスは「あぁ」と納得したように呼気を吐いた。
「体の動作確認してたら、いつの間にかこんなに荒らしちゃった」
「それだけでこんなに荒れるんですか⁉」
戦闘でもこんな惨状にはならないはずだが、ミィリスは『体を動かしただけ』で惨状を作り上げたのだから驚愕だ。
目を剥くリズに、ミィリスは「えへへ」と頭に手を置きながら、
「なんか、後半楽しくなってきちゃって、調子乗って色々やってたらこんな風になっちゃった」
「いったい何をどうされたらこんな荒地が完成するんですか⁉」
ミィリスはええと、と前置きして、
「木々の間を跳ね回ってたり、拳とか蹴りで何本連続で倒せるか試したり……」
思い当たる節を指折り数えながら吐露していくミィリス。それに耳を傾けながらリズは愕然とする。
「(このお方は、こうも容易く木々を壊せるのか)」
リズも、樹木を倒そうと思えばできる。しかし、一撃で倒す事はできず何発かは入れないといけない。
先代魔王――アシュトもミィリスと同様に容易く樹木を倒せる怪物だった。しかし、ミィリスは確実にアシュトを超える(既に超えている可能性もある)そう直感的に悟る。
これでまだ【幼体】なのだから、成長が末恐ろしい魔王様だ。
自分より小さな魔王を見つめながら茫然としていると、ミィリスが指をもじもじさせながら上目遣いで聞いてきた。
「やっぱりやり過ぎた?」
「い、いえ! そんなことはございません。ここはミィリス様が統治されている魔境でございます。何をされようとミィリス様の自由……ただ少しばかり、ミィリス様の力に驚嘆としていました」
「これ、普通はできないの?」
「勿論でございます。魔物は人間よりも頑丈でございますが、ミィリス様のように容易く樹木を倒す、といった芸当ができる者は、勇者の中でも英雄と呼ばれる
「じゃあ私ってすごい⁉」
「はい。ミィリス様は『魔王』の名に相応しいお方でございます」
目をキラキラさせながら聞いてくるのが不覚にも可愛いと頬を緩ませてしまうも、即座に頬を引き締めて首肯する。
ミィリスはリズからの賞賛を受けてその場でぴょんぴょん飛び跳ねる。その姿に心臓が鷲掴まれながらも、リズは専属秘書としての職務を全うする。
「ミィリス様。本日の運動はもうご満足いただけましたか?」
「……そうね。これ以上やると森に広場が出来てしまいそうだし、まだ実験したいことはあるけど明日にしようかしら」
「畏まりました。明日も運動するご予定でしたら、ここをミィリス様専用の修練場として活用されては如何でしょうか?」
「でも明日はもっと過激になるし、それに木が足りないわ。だから別の場所でやらないと」
この方は森を平地にでもする勢いだな、と戦慄を覚えながら、リズは憂うミィリスに進言した。
「でしたらドワーフたちに報告して、木々を修復させるよう指示を出しておきましょう」
「そんなこと出来るの⁉」
「はい。治癒魔法で樹木の生命力を促進させれば、強制的に繋げれば復元することができます」
「あら便利。……それじゃあ、何本へし折ってもいいのね!」
それだと樹木の前にドワーフの生命力が底尽きる⁉
しかしそんなことを魔王の前で言えるはずもなく、リズはぎこちない笑みを張りつかせながら「……はい」と頷いた。
「ふふっ。なら明日はどんなこと試そうかしら。今日の続きでもいいし……あ、もっと色んな魔法を試すなんてのもいいわね」
既に次の予定決めに入ったミィリスは、わくわくと楽しそうにしている。そんな表情を見ると『魔王』の面影はなく、あどけない幼女そのものだ。まぁ、幼女は笑顔でどう樹木を壊すかなんて想像しないと思うが。
「それではミィリス様、魔界城へ帰還いたしましょう。浴の準備と、おやつを用意してあります」
「おやつですって⁉」
おやつ、という単語を聞いて目の色を変えたミィリスがぐりんと勢いよく首を回した。
それからミィリスはリズの手を掴むと、
「わ、ちょ、ミィリス様⁉」
「ほら、何してるのリズ! 早く帰っておやつ食べるわよ!」
「ミィリス様落ち着いてください! 早い⁉ 歩くペースが尋常ではなく早いですミィリス様⁉」
「おやつって何かしら。この世界にもドーナツとかバームクーヘンとかあるのかなぁ」
「……聞いていない」
既におやつのことで頭がいっぱいになっている魔王様には、もうリズの言葉は届くことはなかった。
そんな少し変わった魔王様に振り回されながらも、リズは嬉しそうに唇を綻ばせたのだった。
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