第15話 『 ミィリスの身体測定 その2 』


 私のこの体は、どうやら物凄いパワーを秘めているようだ。


「脚だけじゃないってのは、もう言わずもがなね」


 お次は腕力の測定と、私は樹木の前に立った。

 中々に立派な木だ。触れてみれば大樹の力強い生命力を感じる。


「なんか申し訳ないけど、これも私の力を知る為」


 木に意思があるのかは分からないが、私は殴る前にぺこりと頭を下げた。

 それから頭を上げると、私はぎゅっと強く拳を握った。


「すぅ、はぁ」と息を整えて、意識を拳に集中させる。


 タイミングなんてよく分からないが適当に「ここっ!」と呼気を吐き、私は樹木に向かって拳打を放った。

 ズドン‼

 拳と樹皮が重なった瞬間、轟音が鳴り響いた。


「――うわぁぁ。やっば」


 思わず、自分でも自分に引いてしまうほど、その破壊力は凄まじいものだった。

 私が放った拳打は樹木を根っこからてっぺんまで震撼させ、緑葉を剥すだけに留まらず幹を貫いた。

 拳打が繰り出した轟音の後に、ミシミシという鈍い音が、その数秒後に、大地を揺らすほどの轟音が鳴って樹木が倒れた。


「これ、人なんか一発じゃ……」


 自分の力に、思わず頬が引きつる。たった一撃、それも全力ではない一撃で、しかしあっさりと大樹を倒してしまった。我ながらに恐ろしい。


「元々、魔物って頑丈だものね。そこに魔王の血と他の魔物の魔力を注がれてるんだから、そりゃフィジカルが強いのは当然か」


 生まれて二日で大樹を素手で破壊するとか何者だよと思ってしまう。どうもそれを成した魔王ですえへへ。

 改めて『魔王』という存在が如何に規格外なのか思い知りながら、私は実験を続けていく。

 空を舞えるほどの脚力と、大樹を軽く破壊できる超パワーを持っていることは分かった。それとちょっとの衝撃では傷一つ付かないタフネスさも。

 なら次は、


「またまたごめんね。木さん」


 引き続きサンドバッグは樹木たちにお願いして、私は腰を低くする。ぐっと足に力を溜め、解放すると真上ではなく真っ直ぐに跳躍した。


「あっはは、すご!」


 びゅんっ、と空を切るような音と、全身に風を感じる。木々の間を縫うように真正面に跳躍した私は、まるで走る車から景色を見ているような気分だった。

 しかし、それとは決定的に違うことがあった。それは視力だ。


「すご、こんなに高速で動いてるのに、数メートル先までくっきり見える」


 人間の視力では、走る車から見る景色は颯爽と過ぎ去ってしまう。しかし、今の私はそれと同じ速度でもくっきりと、数メートル先の光景まで鮮明に捉えることができた。視界に映る葉の枚数を数えられるくらいに。

 ざざっと、音を立てながら着地して、深紅のドレスを揺らす。


「この体は動体視力も優れている、と」


 身体能力だけでなく動体視力も優れているとかもう最強じゃん、と苦笑つつ、私は再び跳躍した。今度は真上でも真正面でもなく、斜め上に。


「ふふっ。面白いわねこの体」


 まるで羽でも生えているかのようだった。

 飛翔し、脚が樹木に着く、そして落ちる前に樹木を蹴り、また次の樹木へと飛び移った。

 もしかしたら出来るんじゃないかと思ったが、こうも容易く実現できてしまうと落胆してしまう――なんてことはなく、私は想像を実現する力に歓喜していた。

 人間だった頃は、こんな芸当したくても出来なかった。三度目の人生、冒険者になろうとしていた私は毎日日が暮れるまで鍛錬していたが、やはり木を殴って倒すことも何十メートルも跳躍することは不可能だった。

 それが人間の限界。しかし、今はそれがない。まるで枷でも解かれたかのように、私が思い描き、馳せた理想をこの肉体は実現可能にする。

 それが、胸を高揚させているのだろう。


「次はこれなんてイケるかしら!」


 木々の飛び移る間隔を短縮する。足が樹皮に着いた瞬間に爆ぜるように蹴って、空中を翻りながらまた同じ動作を繰り返す。この動きも、私の肉体は難なく可能にした。


「最後はキックでフィニッシュ!」


 体を縮ませて全身に力を溜めて、弾けるように跳躍。空中で華麗に回転して、ヒーローのようにキックポーズを取った。

 ズガンッ! と轟音が辺りに鳴り響いて、それに驚いたように森にいた鳥たちが羽音を立てながら一斉に飛んだ。

 くるくると回転しながら着地した私は、真っ二つに割れた樹木をやり切ったような顔で見つめた後、空想の中の観客に向かって手を振った。


「ありがとー。ありがとー」


 ふぅぅ、と長い息を吐きながら、私は手を下げていく。


「この体凄いわね。なんでも出来ちゃいそうだわ」


 これで息にもまだ余裕があのだから、自分の潜在能力が末恐ろしい。

 それに、自分の力はまだまだこんなもではないと、虚言ではなく確かな実感があった。


「あっ。そういえば、神様からプレゼント貰ったんだっけ。目が覚めたら確認して欲しいって言われたけど……」


 私はこの世界に転生する前、神様と契約を交わしたあの異空間での会話を思い出す。


 ――『キミには色々と苦労を強いてしまうからね。だからこれは、僕からの誠意と思って受け取ってほしい。あぁ、安心して。きっとキミの手助けになる便利なシステムだから』


 僕からのプレゼント、と笑顔を魅せながら神様が言っていたのだが、はてそのプレゼントやらはどこか。

 きょろきょろと周囲を見渡しても、プレゼント箱らしきものはない。小声で「神様ー」と呼んでみるも返答はない。


「うーん。それ以外にも何か言っていたような、言ってなかったような」


 顎に手を置いて述懐する。

 ぽく、ぽく、ぽく……眠っていた時間が長かったせいか上手く思い出せない。

 せっかくのプレゼントなのに、その貰い方を忘れてしまって私は肩を落とす。

 仕方ない、と思考を切り替えようとした瞬間、頭に雷が落ちたような衝撃が走った。


「そうだ思い出した。確か、こうしろって……」


 神様との会話を回想した甲斐があった。

 私は記憶の中で神様が見せてくれた『前世の記憶たち』をヒントに、抜けていた会話のピースを見つけた。

 私は急ぐように空中を撫でるように手をスライドさせると――それが浮かび上がった。

 それは、ゲームでよく見るウィンドウのようだった。半透明で四角形の簡素なデザイン。

 これが件のプレゼントかも、と直感的に察した私の思考を裏付けるように、空中に浮かび上がるウィンドウにメッセージが送られてきた。


『おめでとう。無事に転生できたみたいだね』

「神様からだ」


 メッセージは続く。


『これは僕からキミへのプレゼント。キミだけが使える特別な力だよ』

「となると、これはこの世界の共通システムではないのか」


 てっきりゲームみたく誰でも使えるシステムなのかと思ったが、どうやら私だけのオリジナルシステムらしい。


『これは既に保存してあるメッセージを自動再生しているだけだから、僕との意思疎通はできない』

「そうなんだ」


 メッセージを目で追いながら、私は嘆息する。

 神様に『私魔王として転生しましたよ!』と報告したかったのだが、どうやらそれは不可能だそうだ。


『メッセージはこれで最後。バルハラでのキミの活躍、期待してるよ! 頑張って!』


 最後のメッセージと書かれている通り、ウィンドウに刻まれている文字はそこで止まって点滅を繰り返している。


「――私、頑張ります」


 頑張って! その最後の一文を愛しげに指で触れながら、私は誓う。

 ウィンドウは数十秒後に強制的に画面が切り替わり、私の名前が刻まれたステータス画面に固定された。

 ミィリス【幼体】と記された画面に、私はぎゅっと強く拳を握る。


 ――期待されているのだ。色んな者たちから、私は。


 これから、私はその期待を応えていかなければならない。怖いと思う。けれど、それ以上に応えたい。


「千里の道も一歩より。……一つ一つ、やっていこう」


 その為にまずは、自分のこの肉体を完全に使いこなせるようにならなくては。

 気合を一新に、私は訓練再開と両脇を引き締め――


「……あれ、このメニューバーどう閉じるんだ?」


 神様。メッセージと一緒にこれの閉じ方も書いておいてほしかったです。

 そんな訳で私――ミィリスの本格的な修行と、魔境・ノズワースでの生活が始まった。

 余談ですが、メニューバーを閉じるのに十分以上掛かりました。先が思いやられるって思ったヤツは尻蹴っ飛ばします。


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