第17話 『 給仕係と打ち解けよう 』
「ふぃぃ。極楽だった~」
まだ日が昇っているうちにお風呂に入ったのなんて何年振りだろうか、と考えながら、私は現在、二体の給仕係に髪を乾かされていた。
「ま……魔王様! 風加減はどうでひょうか!」
「バカトワネット! 魔王様じゃなくてミィリス様でしょ!」
「そうだった⁉ み、ミィリヒュひゃま!」
私の濡れた朱髪を、二体は震える手で乾かし、整えてくれている。
二体にまだ緊張が見られるのは、私がこの魔界城で最も上の立場、『魔王』だからだろう。
風を送っているピンク髪の魔物――
この二体は私の専属秘書であるリズと同じで、昨日付で私専属の給仕係に任命されたらしい。
朝の起床や身の回りの雑務などはリズが引き受けているが、トワネットとシャルワールは主に私の着替えや化粧といった身支度を整えてくれている。
しかし、やはり私が魔王という事が原因なのだろう。二体の動きが固いのが一目瞭然だった。
シャルワールは手先が器用なようで震えていても丁寧に櫛を梳いてくれるが、トワネットはというと……、
「あづぅ⁉」
「あああああああ⁉ すいませんすいません!」
「何やってるのアンタ⁉ ミィリス様の美しい髪が燃えたら打ち首よ⁉」
「そんな怖い事言わないでよ! 余計調整しづらくなっちゃうでしょ!」
風魔法に熱魔法を加えて温風を生み出してくれているのだが、極度の緊張のせいで上手く調整できていないようだ。熱魔法に力が入ってしまい、熱風が肌を焦がしてきた。
「申し訳ございませんミィリス様っ」
ぶるぶると顔面を蒼白させながら謝罪するシャルワールに、私は「大丈夫」とどうにか彼女たちの恐怖心を和らげようと笑みを浮かべる。
しかし、失敗してしまったトワネットは目に涙を溜めながら、
「……次失敗したら、打ち首獄門⁉」
「髪乾かしてくれる相手にそんな酷いことしないわよ!」
どんだけ横暴だと思われてるんだ私は。
はぁ、と深いため息を吐きつつ、私はトワネットとシャルワールに徐に質問を投げかけた。
「アナタたちの好物はなに?」
「「ひょえ?」」
私の何の脈絡もない質問に、二体は揃って面食らった顔になる。
「いいから、教えて。アナタたちの好物はなに?」
しかし私はそれに構いなく質問の答えを求めた。すると二体は慌てて答える。
「ええとっ、リリンの実です!」
「わ、私はエボブタの丸焼きです」
トワネットとシャルワールの回答に、私は全部分からずなんだそれ、と首を捻った。
「トワネット。そのリリンの実っていうのはなに?」
トワネットは「は、はい」とぎこちなく頷き、
「リリンと呼ばれる木からなる木の実です。赤いのが特徴的でして、食べると甘味とほどよい酸味があるんです」
なるほど、つまりリリンの実は地球でいう所のリンゴのようなものか。
「それはここでも採れるの?」
「はい! ノズワース北部にて多くの実が生っています。もう時期は過ぎてしまいましたが、冬季になると甘味が増すんですよ」
「へぇ、それは是非一度食べてみたいわね」
「ミィリス様もきっとご満足頂けると思います!」
ふん、と鼻息を荒くしながらおススメしてくるトワネット。よし、多少力みが抜けたようだ。
お次はシャルワール、と視線を左に動かす。
「それで、シャルワールの言うエボブタの丸焼きっていうのはどういったものなの?」
「はい。エボブタの丸焼き、というのは、その名の通りエボブタを丸焼きにして食べる料理でございます。エボブタはノズワースの至る所に生息しますが、その中でも特に美味なのが子エボブタでして、肉は柔らかくよく油が乗っていて、一口噛んだだけでそれはもう上質な香りが口内に広がるんです」
「うわ絶対美味いやつぅ」
たぶん豚の丸焼きと同じものだろう、とは思っていたが、やはりそれと同じだった。しかし、シャルワールの説明が上手いからか、想像したら涎が止まらなくなってしまった。今度絶対狩って食べよう。
じゅるりと垂れた涎を袖で拭いながら、私はシャルワールとトワネットに顔を向けた。
「よし。それじゃあ今度、アナタたちの言った好物を一緒に食べましょう」
「「――――」」
私の言葉に、二体は目を見開いたまま、お互いの顔を見合わせる。言葉の意味を、じっくりとかみ砕きながら、ごくりと飲み込んだ二体は、
「「――はいっ。ミィリス様」」
そこにはもう、緊張など一切ない自然な笑みが浮かんでいた。
シャルワールとトワネットからの肯定をもらって、私もまた微笑をこぼす。
「特にシャルワールが言っていたエボブタの丸焼きは急務ね。なんなら明日一狩り行かない?」
「そ、それはあまりに急すぎませんか? それにミィリス様は明日もやることがあるとリズ様が仰っていましたが……」
「何言ってるの。肉に勝る予定なんてない。この世は肉よ!」
「えー、シャルワールだけズルイです! ミィリス様! 私と一緒にリリンの実採りに行きましょうよ!」
「ならまとめて取りに行きましょう。エボブタもリリンの実も。ね、一石二鳥でしょ」
「イッセキニチョウ?」
「一つの石で二鳥落とすことを言うのよ。贅沢でしょ」
シャルワールとトワネットは「ふふっ」と笑った。
「その通りでございますね」
「一石二鳥! なんかいい言葉だね!」
二体に、もう緊張はない。こうして笑顔を咲かせながら会話を弾ませてくれることが、何よりの証拠だ。
「(ふふ、私の思惑通り)」
シャルワールとトワネットの微笑みを鏡越しに見ながら、私は『質問して距離を縮めよう作戦』が成功にしたことに心の中でガッツポーズするのだった。
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