第10話 『 記憶の整理と状況整理 』

 

 どうやら魔物に生まれ変わったらしい私の、ざっくり解説~。


 私は記憶を持ったまま生まれ変わる転生者だったようで、人生を五回ほど体験している。

 自分でも言うのもあれだが幸せな日々を送ってきた記憶はなく、あるのはただ悲惨な思い出ばかり。

 そんな私は五度目の人生――社畜として生きていた人生に精神が病んだ果てに自殺してしまったのだが、その時に偶然にも神様に導かれた。

 神様と五度の人生を振り返る最中、私は『人間が嫌い』なのだと自覚した。

 死ぬ間際に、何度も思っていたことだった。人間が嫌いで、だから人間なんて辞めてしまいたい。辞めて鳥にでもなれたらなんて素敵なんだろうと思った。

 そんな願いを、神様は条件付きで叶えてくれた。


 曰く、バルハラという世界の均衡を取り戻して欲しいのだと。勢力を強めていく人間の抑止力になってくれるのならば、キミのその願いを叶えてあげようと。


 私はその言葉に『期待に応えられるかは分からないけれど、やれるだけやってみたい』と、正直神様の頼みよりもまた人間に生まれ変わるくらいなら抑止力でも化け物でも何でもいいと思って承諾した。

 そして、神様は私の願い通り、そして自分の思惑通りに、私を人間ではなく別の生物へと転生させた。


 私の転生先、即ち六度目の生はなんと、魔物の王――『魔王』だった。


 生まれて間もなく……生まれた瞬間から、この役職である。地球でいえば、母親の腹から出てきた赤ん坊がいきなり大企業の社長を務めるようなものだ。んな会社秒で破綻する。というか元社畜から言わせれば、赤ん坊が社長とか桃尻をぶっ叩きなるくらいふざけてる。

 だから私は、なんてとこに転生させてくれたんだと内心神様を恨んだが、確かに人間と他生物の均衡を保つにはそれを可能にする強大な力が必要不可欠だよね、とも渋々と納得もできた。


 それにどうやら、私の生まれ方は少々特殊なようで。


 その話は母から『詳細はまた後日。万全な状態な時に』と保留にされているので今回は省くとして、重要なのは私が無事に人間ではなく別の生物に転生できたということだ。


 魂は『私』――一度目~五度目の人生を体験している『転生者』だが、肉体は違う。


 今の私はどんな姿をしているんだろう、とあらかじめ用意されていたやたらと大きな私専用の部屋、そこに立てかけられていた鏡で自分を覗き込んで確認してみると、思わず感嘆の吐息がこぼれてしまった。


「まぁ、なんて美少女」


 鏡に映りこむ私を見て、私は私に見惚れてしまった。


 燃えるように赤く、紅蓮の炎を彷彿とさせるような朱髪。背丈はまだ中学一年生の女子といったところか。無駄な贅肉がなく全体的にすらっとしている。胸なんかは特に貧相で、Aあるかないか。五度目の人生の経験からこれ以上立派に育つイメージが湧かないのが精神的にキツい。

 今のうちにおっぱいマッサージでも念入りにしていこうと思いつつ、さらに鏡を覗き込めば美しく愛らしい相貌が視界を満たした。

 なんだこの絶世の美少女は、と自分でも驚くほどに私の顔は精緻されていた。小さな両手でも隠れてしまうほどの小顔で、ツンと立った鼻梁、長いまつげに目には二つの紅玉がはめ込まれていた。

 小悪魔のような幼げな顔でありながら、すっと目を細めれば途端に美しくも刺のある女王感が増す。これが、今の私――ミィリスの顔か。


 可愛くて美しいとか、ここが日本なら顔だけでご飯が食っていけるじゃん、と思いながら――人間に絶望しているくせに何寝ぼけた事考えてるとかぶりを振って鏡から離れた。


「――ふぅ」


 ゆらゆらと、未だに慣れない尻尾の感覚に顔を顰めながらベッドにダイブすれば、私は深い吐息を吐いた。


「……本当に、私は人間を辞めたのね」


 呟いて、自分が魔物として生まれ変わったことを確かめる。

 不思議と、後悔はない。悲壮感もない。あるのはただ、人間を辞めたという事実だけ。

 実感は湧いてない。肉体が人間に似ているせいもあるのかもしれない。けれど尻尾が生えているし、耳が尖ってるし、目も紅いから明確に人間ではないと言える。

 なんなんだろうか。この言い知れぬ感情は。

 私は、天井を見上げながらその感情に耽る。

 段々、と繰り返す瞼が重くなっていく。


「あれ……ずっと、眠ってたはずなんだけどな」


 なのに、体は重く、瞼が閉じていく。部屋が暗いせいもあるのかもしれない。

 そういえば、起きるのにものすごく体力を使った気がするな。

 なら仕方ないか、そう都合よく理由をつけた瞬間。


「――くかぁ。――くかぁ」


 私は深い眠りに就いていた――。


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