第8話 『 私の目覚め / 魔王の誕生 』

【まえがき】

突然ですがタイトルが変わりました。深夜テンションで考えたあれもよかったけどこっちの方がシンプルで気に入りました。

――――――――――――――――




 魔界城の喧噪が増す。


「リズ! 城内の者は全員地下室に着いた! 魔王様は⁉」

「まだお目覚めになられておりません。しかし、気泡は一つ一つ大きくなっています」

「そうか! 遂に、我らの……アシュト様とメルルア様のご息女様がお目覚めになられるのだな」


 感嘆に打ち震えた声音を出すのは、先ほど鬼気迫る表情でシャルワールとトワネットを地下室へ行くよう促した魔物だ。


 金色の髪をオールバックに仕立て、獅子のような凛々しい顔が特徴的な魔物――魔人族デーモンのクローム。

 そして、その彼に現状を報告したのが吸血鬼族ヴァンパイアのリズ。真っ直ぐに伸びた背丈ほどある黒髪と赤瞳が特徴的な魔物だ。


 二体とも魔王直属配下で、この城内では魔王、そしてメルルアと呼ばれる魔王の妃の次に権力を有している。

 そして、当然だが魔王直属配下は他にもいる。


「メム! ジャカルト! 全員は集め終わったか!」


 段々と魔物で密集されていく地下室でクロームは大きく名前を叫ぶ。それに反応するかのように、出入り口付近からひょこっと手が伸びた。


「はいはーい。たぶんこれで全員いるよ~。それと……」

「クローム! メルルア様がお入りになられる!」


 軽快な声を継ぐように、野太く大きな声がそう言った。

 それを聞き届けたシャルワールたちは、耳が動くのとほぼ同時に出入口から一直線の道を作った。

 本来ならば跪拝する必要があるが、なにせ地下室が魔物で箱詰め状態と化してしまっている状態だ。最敬礼を払おうにも、咄嗟のこととまだ統率が取れていない状態、そして道を作ったことでさらに余白がなくなって立たざるを得なかった。

 代わりに最小限で、しかし最大限の礼節をとシャルワールたちは軽く膝を折り心臓に右手を置いた。

 ザザッ、と足音が鳴ったその一秒後、静まり返った地下室に女王――メルルアが姿を現した。


 カツ、カツ、カツ、と甲高く響く足音。豪奢な紫のドレスに身を包み、悠然と作られた道を歩く姿はまさしく女王と呼ぶに相応しい。

 精緻された相貌。色白で艶やかな肌。すらりと伸びた背筋――まるで一枚の絵画から飛び出してきたかのような彼女は、凛然と、そして優雅に配下たちの眼前を通り過ぎていく。


 静寂に包まれた空間に甲高い靴音だけが響いて、そしてピタリと止まった。


「皆の者。顔を上げて」


 氷のような冷ややかな声音。けれどそこにはシャルワールたちに対する親愛が込められていた。故に恐怖心が湧くことはなく、ただその声に従う意思だけを思考に、体に与える。

 作られた道を閉ざしていきながら、シャルワールたちは眼前、メルルアと魔王直属配下たちに向き直った。

 一斉にシャルワールたちの視線を浴びながら、メルルアは厳かに顎を引いて、静かに語り始めた。


「――まずは皆、今日までご苦労様でした。魔王・アシュトが勇者に討ち取られてからもう一年。その期間、私たちを支えてくれてありがとう」


 深く、感謝の情を心の奥底から吐露し頭を下げるメルルアに続いて、クロームら魔王直属配下も頭を下げた。

 そんなことしなくていいと、おそらくこの魔界城、魔境ノズワースに住む魔物全員が感じていることだ。しかし、彼女たちの想いを、シャルワールたちは固唾を飲みながらただ静かに聞き届ける。

 そんなシャルワールたちに、メルルアは優しい瞳を向けながら感謝を続けた。


「すっかり廃れてしまったこのお城を、今日まで綺麗に清掃してくれた給仕係たち。

来るべき時に備え、戦力を整えてくれた戦闘員たち。その戦力に切っては欠かせない武器を手入れしてくれた整備員たち。ここにいる全員が一丸となって、挫けずに明日を見てくれたから、私も頑張ってこれました」


 メルルアの苦労は計り知れない。


 アシュトが死亡してから、他の魔物たちが統治している国とコミュニティーを取っていたのは他でもない彼女だ。今まではアシュトという『魔王』でありメルルアの夫がいたからよかったが、それもなくなってメルルアを妃として迎え、合理的にノズワースを吸収しようと画策する魔王が少なくなかった。


 ノズワースは魔物たちが統治する国でも権力は中の上ほど。いや、権力でいえば下と言っていい。誇れるのは魔物の数くらいで、個の力は圧倒的に弱かった。

実力至上主義の魔物の世界では、このノズワースは常に吸収される危険性があった。それがアシュトが死亡してからより顕著になり、その危惧をどうにか首の皮一枚で躱し続けたのがメルルアだった。


 故に、シャルワールたちは心の底から、否、魂からメルルアを信頼している。彼女が 自分たちのおかげで今日までやってこれたというなら、シャルワールたちもメルルアがいたから今日までやってこれたのだ。


そしてもう少しで、全ての想いが結実する所まで来た。


「長く。貴方たちには辛抱をさせてしまいました――しかし、それももう終わります」


 強く言い切って、メルルアは振り向く――そこには、大きな人工装置があった。

 透明なガラス瓶には液体(スライムを抽出して作られた言わば魔力液)が入っていて、底には他の四つのガラス瓶と繋がるための管が接続されている。

 中央のガラス瓶を挟むようにして設置されている四つのガラス瓶は、このノズワースに生息する魔物の魔力が込められており、その全てが中央のガラス瓶に集約されるような構造になっている。


 合計五本のガラス瓶。その中でも中央のガラス瓶が金の装飾を施されているのは、そこにいる存在を崇める為だ。


 中央、一本のガラス瓶。他のガラス瓶から依然と絶えず魔力を供給され続けているそこには――一体の小さな魔物の姿があった。

 そのガラス瓶の中で、眠りながらも、しかし一つ一つ気泡を大きくする魔物に、シャルワールたちは期待と高揚を。メルルアは愛情と羨望を宿した瞳を向ける。


「あと少し。もう少しで、私の娘――次なる魔王が目覚めます」


 ガラス瓶の中で昏々と眠り続けるそれこそ――『魔王』だった。

 シャルワールたちの次の当主。それの目覚めを今か今かと待ちわびながら、メルルアの言葉に耳を傾ける。


「その時が来れば、この魔界城は再び――いえ前よりも強く権威を得ることができます。長きに渡るノズワースの不遇も、終わりを迎えるでしょう」


 おぉ、と感動の声が地下室に響き渡る。

 それはこの魔界城に生きる者たちの総意だ。人からの脅威。他国の魔物からの圧迫――劣勢を一瞬にして覆すほどの力の権化がもう間もなく――


「――っ!」


 訪れる、皆がそう思った瞬間。それはまるで呼応するかのように起こった。

 ピシッ、と何かが限界を迎えたように音を立てて、亀裂を走らせる。それはメルルアたちの目上、魔王の眠るガラス瓶で起きた。


「メルルア様!」

「えぇ。やっと、です」


 歓喜をいっぱいに含んだクロームの声に、メルルアも深く長く、そして熱い吐息をこぼす。

 気泡が一つずつ大きくなり、数が増すごとにガラス瓶がピシッ、ピシッ、と亀裂を走らせていく――まるで、中にいる『魔王』の力に耐え切れないように。

 皆、息を詰めてその一瞬、一秒、一コンマを見逃さぬように見届ける。瞬きすら惜しいとさえ思えて、呼吸さえもさえも忘れて〝その瞬間〟を全身に刻みつける。


 ――そして、遂にその瞬間が訪れる。


 爆発でも起きたかのような、けたたましい壊音。それに反射的に体は防御態勢を取ってしまい、待望していた瞬間をあろうことか見逃してしまった。


 ――あぁ、なんて勿体ない。


 そんな後悔は、けれど刹那に歓喜に上書きされる。

 壊れたガラス瓶。中に入っていた液体が行き場を失って地面に零れていく最中で、それは天井を見上げていた。

 何か、感傷に浸るような、憧憬に想いを馳せているような目は、やがて眼下、メルルアたちを捉えた。

 ぼー、とまだ目覚めて間もないからか朧げな紅瞳に、主君を見上げる自分たちが映っている。

 誰もが息を詰めている状況で――誰よりも早く、心の奥底から魔王の誕生に喜びを言葉にする者が叫んだ。


「祝え皆の者ども! 我らが魔王――ミィリス様の誕生である‼」


 この地下室には響き収まらず外へ洩れるほどの叫び声。しかしその声のおかげで、シャルワールたちの硬直が解けると、静寂は一瞬にして祝福の空気に変わった。

 大声で魔王の誕生を祝う者。涙を流しながらメルルア様に寄りそう者。人間と、そして他国の魔物たちに向かって宣戦布告する者――様々な感情が、この地下室を満たしていた。



【あとがき】

登場キャラクター紹介


クローム 金髪オールバックのデーモンの魔物。メルルアや魔王に対する忠誠心が非常に厚く、厳格な魔物。


メルルア ノズワースを統べる魔物の一体。夫であったアシュトの代わりに、次の魔王が目覚めるまで魔界城の当主を務めていた。夫人感強め。

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