第7話 『 給仕係の不満 』


 ――そこはバルハラと呼ばれる世界の東北に位置する魔物の生息地――魔境・ノズワース。


 リドラ大森林と呼ばれる樹海の中にそこはあり、人が出入りすることは少ない。来る者といったらせいぜいギルドに加入している冒険者か協会の人間くらいで、魔物にとっては比較的安寧の地とも言えた。


 その魔物の住処で、一際異彩を放つ建物がある。


 それは石――それも頑丈で上質な『剛石』と呼ばれる石で造られた大きな城だ。

 大きな城、といっても城塞や要塞ほどは大きくなく、『魔界城』と名付けられてはいるが他の『魔界城』に比べれば質素と言っても過言ではない。

 言ってしまえば森の中にある洋館みたいな感じのその城は、外観も派手さに欠けて地味さが勝り、内観は極めてオーソドックスな、いわゆるテンプレートな装飾になっている。


 以前は、その地味さも異様な雰囲気を漂わせていた。しかし一年前――ノズワースを統括する『魔王』が勇者にやられてしまってから、パッとしない『魔界城』とは名ばかりな閑静な『魔物の住むお城』に変わり果ててしまった。


 そんな城内に、今日も退屈そうに職務に勤しむ二体の魔物がいた。


「……はぁ」

「そのため息、今日で何度目?」


 やたらと重そうなため息を吐いたのは吸血鬼族ヴァンパイアのトワネット。一方のトワネットに声を掛けたのは妖精族エルフのシャルワール。

 トワネットはピンクのゆるふわな髪が特徴的で、シャルワールは絹のような滑らかな水色髪が特徴的。

 二体ともこの魔界城の給仕係で、ほぼ同期といった関係だ。一週間のわずかな差だが先に入ったトワネットが何かと先輩面してくるが、仕事はシャルワールの方が出来る。

 シャルワールは黙々と作業することが好きだが、トワネットはそうはいかない。仕事はきちんとやる方だが、お喋りが好きでつい手を止めてしまう癖があるのだ。それもここ最近はもっと酷くなってしまい、こうして花瓶を拭く手を止めてため息をこぼしている。


「ねぇねぇ、シャルワール。何か面白い話してよ」

「仕事中よ。真面目に取り組みなさい」

「ぶー。シャルワールのケチ」

「ケチでもなんでもいいけれど、真面目に仕事しないとリズ様に言いつけるわよ」

「あっ、それだけはやめてぇ。リズ様には幻滅されたくない!」

「ならさっさとこの廊下の花瓶を拭き終わることね。愚痴はその後」


 口を動かしながらも手は花瓶を拭くのを止めずシャルワールはトワネットを諭す。

 むぅ、と不服気に頬を膨らませるトワネットは、渋々と手を動かし始めた。

 しかしまだ口は慎むつもりはないようで、


「……このお城も、随分と静かになったよね」

「そう? 静かになったかしら」


 トワネットの言葉にシャルワールは首を捻る。

 今は、どちらかといえばバタバタしている。

 まぁ、バタバタしているのは魔王直属配下たちだけなので、シャルワールたちのような給仕係は普段通りに仕事するだけなのでそういう意味では静かかもしれない。

 確かに前までは、この魔界城に魔王の首を打ち取りに足を運んできた人間の返り血やら壊れた装飾を修理するので忙しかった。

 それが今は城内の清掃だけとなってしまって、働き手不足で忙しくはあれどどこか物足りなさがあった。

 おそらく、その物足りなさはシャルワールやトワネットだけでなく、この魔界城で働いている魔物全員の共通していえるものだろう。

 しかし、それももうすぐ終わる。


「リズ様が仰っていたでしょう。あともう少しで、あの・・・がお目覚めになられるって。それまでの辛抱だって」

「もうそれ何回も聞いたよぉ。でもまだお目覚めになられる気配ないんでしょう」


 花瓶を拭きながら、トワネットは愚痴をこぼす。


「あと何回聞くのそれ」

「貴方がしつこく毎日聞いてくるんでしょう。それに、リズ様たちの慌て具合を見れば、アナタもその日がもう間近だと言わずとも分かるでしょう」

「……うぐぅ」


 日を追うごとに、その・・・は近づいてくる。


「あの方が目覚めれば、私たちの悲願はついに成就される。忌まわしき人間どもに、報復と恐怖を」

「アシュト様より強いのかな」


 アシュト、とはこの魔界城の魔王だった方だ。この魔界城に挑んだ勇者が、倒したシャルワールたちの主君。

『魔王』だったが、シャルワールたち魔物にとっては優しい方だった。自分たちのような下っ端に毎日顔を覗かせては「いつもありがとう」と感謝を述べてくれる、とても『魔王』とは思えない優しく素敵な方だった。

 もう見れなくなってしまったあの微笑みに、憧憬が脳裏に過りシャルワールは無意識にぎゅっと布巾を握りしめながら言った。


「強いわよ。きっと」


 静かに、しかし力強く言い切った。

 きっと、あの方はアシュト様を超えられる存在になる。なにせ魔王の血だけでなく、このノズワースに生息する約八割の魔物の魔力を注いだのだから。

 その為に目覚めが遅くなってしまい、魔王直属の配下たちは休暇も取らず日夜交代して警備しているのだ。

 これも全て、このノズワースに生きる魔物の為に必要な工程。


「ほら、あの方がいつ目覚めてもいいように、城内を綺麗にするわよ」

「はーい」


 ぱんぱん、と手を叩いてトワネットに働くよう促せば、不満げな声が返ってくる。

 やれやれ、と肩を落とした――その瞬間。部屋に雷のような轟音が響いた。


「至急! 魔界城に居る者は地下に集まれ!」


 その声に思わずビクッと背筋を震えて、何事かと振り返れば魔人族デーモンのクロームが切羽詰まった顔で叫んでいた。


「シャルワール! トワネット! 貴様たちも他の者を呼びすぐに地下室へ来い! 洩れなく全員だ!」

「か、畏まりました! ……しかしいったい何事……はっ!」

「まさか!」


 クローム――魔王直属配下の一体――の慌てぶりにシャルワールは問いかけようとしたが、しかしすぐに察した。

 そして、シャルワールが気付いたのとほぼ同時にトワネットもその答えに辿り着いたようで、それまでは退屈に霞んでいたピンクの瞳が一際光り輝いた。

 シャルワールとトワネット。二体の可能性を肯定するように、クロームは厳かに、しかしどこか好奇心を妊ませて、


「――我らが魔王様がお目覚めになられるぞ」




【あとがき】

登場キャラクター紹介。その1


トワネット 魔界城で働くヴァンパイアの魔物。お喋り好きで可愛いものを集めるのが好き。

シャルワール トワネットと同じ給仕係のエルフの魔物。しっかり者だが意外と肉食。


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