第6話 『 六度目の世界――バルハラへ 』


 ドクン、ドクンと鼓動が刻まれる。


 何も見えない。

 何も感じない。


 光すらない暗闇の中で、私は五度の人生、その記憶を辿る。


 一度目の人生。『ノルン』という名前で生き、そして肺すら凍えるほどに寒かった   日にマフィアに嗤われながら殺された。


 二度目の人生。『ナイン』という名前で生き、厳しかったが愛していた師を目の前で殺され、そして自分も殺された。


 三度目の人生。『シャルロット』という名前で生き、冒険者になる手前で盗賊に挑み負け、レイプされて最後に首を掻き切られた。


 四度目の人生。『江島智香』という名前で生き、イジメが原因で自ら命を絶った。


 五度目の人生。『青山里琴』という名前で生き、会社がブラックで残業、パラハラにモラハラ、セクハラ三昧で心が病んで自ら命を絶った。


 振り返ってみても、自分の人生はクソだなと思った。


 しかも一番最悪なのは、この記憶を死の間際に全て思い出してしまうことだ。自分が転生者であることを人生の最後の最後に思い出し、そしてまた新しい『人』として記憶をリセットされる。

 記憶が引き継がれていればこうならないようにと注意を払って生きていけたのに、蓋をされてしまっているからどうすることも出来ない。


 ――でも、それももうおしまい。


 ドクン、ドクンと鼓動は徐々に高まっていく。まるで暗闇から抜け出したいかのように。

 五度、姿形を変えて歩んできた人生――今、その全ては忘れることなく、魂に『記憶』として保管されている。

 今度の転生は、奇跡ではなく必然。

 私の願いは、『人』を辞めることだった。そしてそれは、神様との〝契約〟で成就された。


 ――『うまくできるかは分からないけど』


 神様の期待に応えられるかは分からない。けれど、その頼みを聞いた時、私は確かに歓喜した。

 これまでは、人に踊らされた人生だったけれど、今度は逆になれるかもしれない、と。


 鼓動は、さらに高まっていく。


 それは深淵の底から光を渇望するように泡を吹く。

 生まれた気泡は、最初は小さく、しかし次第に大きくなって数も増えていく。


 ――『今度は、私の番だ』


 胸の中に疼く渇望。焦燥すら覚えさせるそれは、重く閉じられていた瞼をゆっくりと開かせ――


「――おおっ!」


 パリィィィン、とガラスが割れる音と同時、どこからか歓喜の声が上がった。

眼下に、羨望の視線を向けられている気配を感じた。それを無視して天井を見上げて、呼吸をする。


「――あぁ」


 ぽつりと、吐息とともに零れたのは悲嘆ではなく感嘆の熱。

 五度の人生を経て。その全てを背負って――『私』は人を辞めた存在として生まれ変わった。

 六度目は『人間』としてではなく――


「祝え皆者! 我らが魔王・ミィリス様の誕生である‼」


 魔物として、『私』――ミィリスは五度目の転生を果たした。

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