第5話 『 神様との邂逅とお願い 』
「さてと、これで一通り、キミのながーい人生の旅路は振り返り終えたかな」
何もない真白な空間。そこに浮かび上がっているモニターがぶつりと点滅すると、この五度の人生を閲覧し終えたそれは不気味な笑みを浮かべながら振り返った。
ふわふわと、重力を無視して浮かぶ『それ』はニコニコしながら私を見つめる。
背丈は中学生くらいか。白銀の髪はあちこちに跳ねていてまるで寝起きのよう。顔立ちは中性的で、男と思えば男、女と思えば女にも見える。いわゆる童顔というやつなのだろうが、しかし両目に填められた紅玉よりも紅く美しい瞳が人間という存在とは格別の域にいるものだと脳に訴えてくる。
浮世離れした存在、という者は確かに存在しているが、私は彼がまさにそれだと一目で理解した。
イケメンとか、可愛いとか、そういう陳腐な言葉では形容できない存在――事実人間の創り出した言葉では表現のしようがない天上の存在は、『神』と呼ぶに相応しい。
そして、彼は本当に『神様』だった。
目が覚めたらこの何もない真白な空間にいて、目の前に彼がいた。そこで挨拶をした時に「初めまして。僕は神様だよ」と自ら名乗っていたので神様なのだろう。
自分の現状も鑑みれば、その事実はより深く理解できる。
振り返ってきた記憶とこの現状、それを時間をかけて飲み込んでやっと落ち着いてきた頃、ふわふわと漂う神様は、真意の掴めない笑みを張りながら近づいてきた。
「まずは状況を整理する為に、キミの五度の人生を分かりやすく映像化させて振り返ってみたんだけど、どうかな、少しは頭の中整理できた?」
「まぁ、自殺する前に前世? の記憶はフラッシュバックしてたので、ある程度把握はできてましたけど……しっかり観れたおかげで私がどんな人生を歩んできたのか確認できました」
「それはよかった。これで、記憶の空白は全て補完されたという訳だ」
補完、というより埋め込まれただけな気がする。
嫌な記憶をご丁寧に映像付きで振り返ったのだ。幸せな思い出ならまだしも、不幸な思い出ばかりで見ている最中もそして今も吐き気がした。
飲み込み切れない感情に顔を顰めていると、神様は腕を組みながら語った。
「キミはどうやら、前世の記憶を持って生まれた『転生者』だったみたいだね。でも、何故か生きている間はその記憶が蓋をされていて、死の直前にそれまでの記憶が一斉にフラッシュバックする仕組みになっていた」
「なんでなんですかね」
「それは僕にも分からない」
神様なら知っているのかと思って聞いてみれば、帰って来たのはケラケラと笑う声。
呆れて肩を落とせば、神様は「そんなことはどうでもいいんだよ」と私の五度の人生を軽く一蹴した。
「僕がキミを此処に招いたのは、あるお願いをする為だからね」
「あるお願い?」
復唱して首を捻れば、神様はニコリと笑った。
「キミ、五度目の死の直前で、人に生まれ変わるのは嫌だと思ったよね」
「は、はい」
「その願い、僕が叶えてあげる! ――その代わり、キミには僕の願いを叶えて欲しいんだ」
胸に手を当てそう言い放った神様に、私はぱちぱちと目を瞬かせた。
願いを叶える代わりに願いを叶えて欲しい――とはどういう意味か。
そもそも、神様が私みたいな死人になぜお願いなんかするのか。
甚だ理解不能で眉尻を下げれば、そんな私に神様は「詳しく説明するべきだね」と顎を引いた。
「僕たちはまだ出会って間もない。しかも相手は神様とくれば、キミが僕に警戒するのも無理はない――僕の存在も含めて、改めて説明しようか」
「よ、よろしくお願いします」
「そんなに畏まらないでいいよ」
ぎこちない素振りの私に、神様はふふと微笑みを浮かべた。
それから神様は軽く会釈すると、
「ではまず僕の存在から――僕はバルハラという世界の神様をやってる者だよ」
「……バルハラ。異世界の名前ですか」
「そう。やっぱり複数世界を渡っているキミは呑み込みが早くて助かるね」
「正直まだ上手く吞み込めてはいませんが」
「キミの素直な所好きだよ」と神様は笑う。
神様の言う通り、私はいくつかの世界を姿形を変えて生きてきた。そのほとんどがおそらく地球だが、三度目に生きた世界の名は『ラグレース』と呼ばれる異世界だった。
「この広い宇宙には地球以外にも文明が発達した惑星が存在する。キミが三度目に転生した『ラグレース』もまた、文明が発達した世界だった」
そして、と神様は続けた。
「僕が観測している世界――バルハラも、文明が発達した世界でね。ちょっとこれを見てくれるかな」
神様はパチンと指を鳴らすと、私に過去の記憶を見せたように空中にモニターを出現させた。
なんでもありの空間かよ、と驚嘆しながら、私は流れ始めた映像に目を凝らす。
映像の内容はRPGゲームのPVでも観ている気分だった。鎧を纏っているのはおそらく勇者だろう――ふと胸に哀愁を湧きながら――そして、勇者や魔法使いが魔物を倒している。
「御覧の通り、四、五度地球で生きてきたキミには現実味のないものだと思う。これを仮想……ファンタジーと地球人は言うんだったね。しかし三度目の世界を体験しているならば、これが〝現実〟であると少しは理解できるかな」
「おっしゃる通りあんまり現実味はないです。――でも、確かに存在していると肯定できる自分もいます」
三度目の記憶が今見ている映像を現実だと肯定させてくる。空を飛ぶ、鳥より大きな怪鳥も、頭が二つある生物も――記憶の中にそれと類似するものがあった。
あれは魔物だ。そして、私はかつて、魔物を倒す冒険者になろうとしていた。
結局冒険者にはなれなかったけど。
ぎゅっ、と無意識に拳を握る私を、神様は一瞥だけすると話を続けた。
「今キミが目にしている映像は、僕が数万年もの時間をかけて見届けてきたバルハラの歴史。人だけでなく、亜人や魔物といった多様な種族が住んでいる」
神様の言葉に耳を傾けていると、ふとその声音がわずかに落ちた気がした。
不思議に思って神様の顔を見れば、何故か諦観のような、呆れたような表情をしていて。
「僕はね、この世界が好きだったんだ」
「好きだった、ということは、今は……」
「勿論今も変わらず好きだよ。けど、昔ほど好きじゃない」
そう言った神様の顔はひどく儚げで、私には神様がどうしてそんな顔をしているのか分からなかった。
しかし、その理由はすぐに明かされる。
「最初は、種族の均衡が取れている世界だった。人間が魔物を恐れ、魔物は人間を恐れ、亜人たちは中立の立場を取り人間にも魔物にも平等に接していた――しかし、人が増えるにつれその均衡は徐々に崩れていってね。時間を重ねるごとに人は力を身に付け、次第に他種族から居場所を奪うようになった」
「――――」
「亜人は『人』ではないと迫害され始め、魔物は危険だからと対峙ではなく駆除されるようになったんだ。――まるで、『人』こそが種の頂点であるかのようにね」
「――ぁ」
言下、私は神様の表情の意味を理解した。
諦観したような顔ではなく、事実諦観しているのだ、と。
人の身勝手さ。それ故に振るわれる侵攻と暴虐は、バルハラという他種族が住む世界の均衡を崩さんとしている。
自らの安寧の為に他の生物の安寧を喰らうのは自然の摂理。しかし、人間という生き物は必要以上に安寧を拡大化しようとする。
そこで生まれる犠牲も、道理だからと吐き捨てて。
時として人は、その犠牲に同族さえ平然と強要してくる。
「――――」
胸の奥底から、沸々と怒りという感情が煮え立ってくる。
過去、五度の人生。その全てが『人』に踊らされた人生だった。
自分に運がなかったと言えばそうなのだろう。でも、私は貧しくても、独りでも、弱くても懸命に生きた――それを、人は容易く踏みにじってきた。
「――今度はキミが、人の上に立つ番だ」
「――っ」
怒りに支配されていく思考に、それをまるで読み取ったかのように神様は手を差し伸べながら言った。
「キミは、人に絶望している。だからキミは五度目の死の間際に『人』を辞めたいと願った。そうでしょ」
「――はい」
もう『人』になるのは勘弁だと、心の底からそう思っている。
強く頷けば、神様は「気持ちが変わらないでくれてよかった」と微笑をこぼす。
「僕はキミの願いを叶えてあげる。ただし、見返りにキミには僕に協力して欲しい」
「それが、神様のお願いですか?」
うん、と神様は首肯した。
「私にできることならしますけど……でも協力って?」
身構える私に、神様はニコリと笑うと――その笑みに期待と願望を込めて告げた。
「――キミに、バルハラの均衡を取り戻して欲しいんだ」
その願いに、私は――。
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