出会いの8月(6)
お父さんは続ける。
「ITインフラは……特別なものやない。誰でも自由に、あたりまえに使えるようになる。でな、こういうのを持っていると、まあかっこつけやけど、新しい世界へのパスポートみたいな」
「そうなんや!」
そしてわたしは、なんだかワクワクするから、--お父さんに教えてもらいながら、ITパスポートの試験を受けた。テストは、紙に鉛筆で書くのじゃなくて、CBTっていって、パソコンを操作して、回答の選択をクリックするのだ。まるで、クイズをやっているみたいだった。--小学生が合格するのは、珍しいけど、何年か前に4年生が合格していたらしい。--合格証書は、お母さんがリビングに、旭姉の市民体育祭参加賞の賞状の隣に飾ってくれた。
「もう16時ですねぇ」
中島先生の声で、わたしは手を止めた。
30行くらい--左端の番号は32となっていた、そのくらい入力した。これをフィルターで並びかえれば、あとはふせんの番号を探して、本棚に順番に並べることができる。そのためにパソコンを使ったのか、と旭姉は感心してくれた。
「また、明日も来てもらえますか?」
「はい!」
「疲れたね~しんどかったな~」
旭姉とわたしは、デマチ柳のバス停まで歩いていた。まだ太陽がぎらぎらしていて、日傘をずっとかざしていた。大学前からのバスは次の時間までだいぶあったから、旭姉はデマチ柳へ行こうと言ったのだ。5分くらい歩くと、バス停が見えた。
「ファミマー行こう!」
さっと旭姉はバス停の近くにあるコンビニに入ってしまう。わたしも追いかける。パピパピ……のドアの音と、涼しい風がいっしょに顔に当たった。
「今日はおつかれさまやで!」
旭姉は、アイスクリームのところで手を振っている。
「チョコモナカ食べるやろ!」
「……食べる!!」
さすがに日傘をさしながらは無理なので、照り返してまぶしいから目を細めながら、旭姉とチョコモナカアイスを半分こして、パリパリと食べた。ブロロロと、バスが通り過ぎて行った……あれ、乗るやつじゃなかったっけ?
「10分くらいしたらまた来るし」
旭姉はもうアイスを食べて、アイスコーヒーをがらがらかき回していた。
「ねえ、旭姉、中島先生の部屋な」
「ん?」
「写真あったの見た? クイズポッケ
「ああ、あったような気がするわ」
旭姉の持っているカップから、ひとつぶ水滴が落ちた。やっぱり暑い。早くチョコモナカアイス、食べてしまわないと。
「さすがに日本で有名人やし、どっかで撮ってもろたんやろね?」
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夕日がさしこむ渡り廊下を通り、その青年はくしゃみをひとつして、開け放している研究室のドアを叩いた。
「はいー? べっくしっ」
応答にもなぜか、くしゃみがまざる。
「先生、ちょっといいです?」
「どうぞー、
「事務局に用事があって。で、今度のポスターセッションの案について見てほしくて、ドライブにアップさせてもらいました……」
玉置と呼ばれた青年は、もうこの研究室を見慣れているらしく、さっさっと足の踏み場もなさそうな床のわずかなすき間を、奥へと進む。しかし、ちょっとした変化に気づいた。
「……先生? なんかすっきりしてません?」
「散髪は最近行きそびれてるけどなあ……」
「いや、部屋が、本が片付いてないっすか?」
「ああ、そうそう」
中島教授は研究室用のクラウド・共有ドライブアプリをパソコンで開き、最終更新日の順番にファイルを並べながら続ける。
「昨日から本棚整頓のバイトを雇ってね」
「ふぅん……」
部屋を見回す青年。その姿は、服は違うものの、まさしく書棚の中央に飾ってあるいくつかの写真のうちのひとつのそれと--同じだった。
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(ITパスポート試験について)
https://www3.jitec.ipa.go.jp/JitesCbt/index.html
この試験は受験年齢の制限が無く、8歳、7歳の小学生が合格しています。
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