出会いの8月(5)
「古いパソコンなので、セキュリティ脆弱性があって、ネットは使えませんが……スプレッドシートのソフトウェアはインストールされています。OSも古いけれど、スプレッドシートの使い方は同じだから、きっとみどりさんのやりたいことはできますよ」
「先生、ありがとうございます!」
そのうちのひとつを取り出す。家のパソコンより、ずっしりと重い。ふうとほこりをはらって、ふたを開いてみた。だいじょうぶ、いつも見ているキーボードと同じ、QWERTY というならびかた。ローマ字入力も、タッチタイピングも、だいぶおぼえている。
電気のアダプターをつけて、パソコンの右上にある、○とたてぼうのあわさったマークを押す。ジジッ。画面に電気がついて……ぱっと画面がかわった。見たことのない、緑色。
「昔実験の記録用に使っていたものです。ふせんに書いているアカウントで使えますよ。ただし、電源を切ったり――ログアウトわかるかな、ログアウトしたら、ユーザーデータは消去されるようになっていますから、保存をしたいものがあれば、言ってくださいね」
「はい!」
聞いたことがある。知っている。システムからはなれることをログアウトと言うなら――アカウントとパスワードを入力して、キーボードの真ん中下にある、タッチパッドで――
それからわたしは、ふせんに書いたことを、パチパチと打ち込み始めた。
ふせんにつけた番号と、本のタイトルと、色か太さを一行に入れていった。
それぞれ、セルというますめにわけて。
これを……あとで本のタイトルの名前の順番に並べることができるようになるのだ。専門用語でフィルターとか、オートフィルターという。
はじめてパソコンをさわったのは、お父さんに教えてもらいながらだった。起動、終了、ログオン、ログオフ、リブートというのは、再起動。スイッチやディーエスで遊んでいるゲームは、ちょっと極端だけど、パソコンで作られているんだ。お父さんはそういう会社……じゃなくて、そういう会社に置いているプリンター--コンビニに置いているような大きなやつとかね--のメンテナンス……面倒をみていたりするんだよね。……と教えてくれた。
将来の夢は? 毎年学校の自己紹介ノートに書いていて、1年と2年はケーキ屋さんって書いた。3年はユーチューバーって書いて、お母さんがあきれた。クイズや、eスポーツの大会で、すごく真剣にがんばって、勝てなかったチームが、みんな泣いていた中継をみて、感動して、ああいうのを伝えられたらいいなって思ってたんだけど。そして、パソコンをさわって、お父さんにゲームが作れるときいて、そういうのって何っていうのだろう。--ゲームクリエイター? プログラマー?
『パソコンで何かやる仕事』
これには、家庭訪問で、お母さんは担任の先生に聞かれて、苦笑いしながら「たぶん……父親の影響かなと思います」と答えていた。
パソコンで文章や表を作られるようになったころ、お父さんは、『ITパスポート』っていうのを取ってみぃへんか? と言ってくれた。「それをとったら、外国に行けるん?」と気になったけど、どうもこれはITを使うための資格で、誰でもテストを受けることができるそうだ。問題の文章は難しくて、カタカナの言葉も専門用語も、全然わからない。
「これってお父さんとかが、ITの専門の仕事をするときに取る
「せやな」
お父さんは「パソコン用語辞典」という辞書みたいな本をぱらぱらめくりながら言う。
「インフラストラクチャっていう言葉があってな」
「インフラスト……」
「インフラってよく言われてんねん。道路とか、電車とかね。みんな使うやつ」
「インフラストラ……」
「これから、スマホとか、パソコンとか、ネットも、みんなが使う時代になるんやけど--もうなってるか、それをITインフラっていうところがある」
「へぇー」
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