出会いの8月(4)
「あ、はい、筑紫みどりです」
つま先立ちで向こうをのぞこうとしたけど、やっぱり見えない。かろうじて……もじゃもじゃのモップが見え……あれは、人の頭だ! 声がきこえるたびもしゃもしゃとゆれる。
「ナカジマっていいます。よろしくお願いします」
優しそうなおじさんの声なんだけど、もじゃもじゃ頭以外のことはまだわからない。
「筑紫旭さん、昨日のつづきからでお願いしますね--ああ無理はしなくていいので。夏休みの間に終わればいいので--」
「はい。……じゃあ、はじめますか」
旭姉は、半そでだけど腕まくりのふりをする。
きのう、旭姉と友達たちが、ただただびっくりするだけでほとんど進まなかったのは、本の片づけ。
いっぱいある本を、名前の順番や、本の種類で並べなおしたいそうなんだけど……まず、並べるすき間すらないし、いくつかの本をとりあえずおいておけるようなスペースもない。
ええとまず、どれだけ本があるのかを調べてみよう。
部屋は、入り口のドアがひとつ。入ると、長方形の部屋で、一番奥に窓がある。ここにナカジマ先生がいる(見えない)。
ナカジマ先生の机までに、天井まである鉄の本だながどん、どん、どんと3つ。長方形の部屋だから、両方で6つ。
本棚の前にも、わたしや旭姉の部屋にある、3段のカラーボックスがいくつかあって、そこにもぎちぎちに本や紙がある。さらに、その上や横にも本やら雑誌やらがいっぱい。
先生はどうやってあの奥にたどりついているのだろうか?
「きのう、本を片づけてたら、いきなり本が動き出したのよ」
旭姉が言う。「そしてその方をびっくりして見たら--」
まるで本の川を泳ぐみたいに、ナカジマ先生が本をかきわけて出てきたんだって! えー!?
目の高さにある本を、一段ぶん数えてみた。さまざまな太さや高さの本が、25冊くらい。これが6段だから--25かける6かける本棚が6つ、壁の本棚の分だけでも、900冊になる! うわー。
「東ちゃんは、まずこの本の壁にびっくりしてすぐ帰るって言い出したし--十条さんは、ナカジマ先生の泳ぎにきゃーって叫んじゃったのよね」
カラーボックスには紙や小さな本--文庫本がいっぱい。1段のなかに2列に本が入ってるところもある。おおまかにだけど、20冊が2列、3段、そして5つくらいはあるから、600冊? あわせて、1500冊? もっと多い? うわあ、大学の先生って、こんなにたくさん本を読んでいるんだ!
「使えそうなら部屋にあるものは使っていいですよー」と、ナカジマ先生は言う。いくつかのカラーボックスのあいだに、イスがふたつと、小さなテーブルがあったけど、イスはテーブルにくっついている感じだった。テーブルには、ハサミやペンや、ふせんやら--と、立てた本が倒れないようにするブックエンドがある。
旭姉は、画用紙っぽい紙を本のあいだにはさんで、そばにある本からとにかく並べていた。紙には、「あ」「か」「さ」から「A」「B」「C」と本屋さんみたいな見出しが書いてあって、本のタイトルが「し」だったら「さ」と「た」の間に入れていた。ようし、わたしもやってみよう。
方眼紙のノートの一行目に、番号とタイトルを書いて--同じ番号を書いたふせんを、本の背表紙に貼った。あとで、並びかえた順番に、番号を並べればいいかなって。
ふせんを30枚くらい使ってから、思い付いたことを言ってみようと、ぱたぱたと服のほこりをはらって立ち上がって、窓の方を見た。『部屋にあるものは使っていいですよ』ということなら。
「先生、中島先生」
「はあい、どうしましたか?」
中島先生(のもじゃもじゃ頭)がゆらゆらと動く。
「スプレッドシートを使いたいです! パソコンを貸してください!」
「ちょ、みどり!」
旭姉があわてる。
「あんたパソコン使うのは好きだけど、お仕事で使うのとは違うで?」
「いいですよ!」
もこもこと、中島先生の頭が上がる……やっと、姿を見ることができた。お父さんよりは背が低いと思う。白っぽい透明のプラスチックのメガネに、ベージュのマスク。目もとは、ニコニコしていた。
「先生、妹がいきなり変なことお願いしてごめんなさい、無理して出してもらわなくっても……」
「筑紫旭さん、そこの戸棚を開けてみてください」
「あ、はい」
旭姉は、後ろにあった、鍵がささっていて『いつでもあけられる』棚の扉を開く。そこには、黒い大きな箱や、銀色のとか、一番下の段だとごつごつした、黄色っぽくなった白の四角いものとか……あと、上の方には、たくさんのキーボード、マウスやらが、ぎっしりつまっていた……!
「な、なんじゃこりゃ……」
旭姉は気持ちが声に出ていた。まるで、お店か、倉庫みたい。
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