出会いの8月(3)
「あっははっはっはっ!」
夜、ハヤシライスを食べながら、お父さんは、大笑いしている。
「ケチャップもとぶから! 口おさえて!」
「いやーごめんごめん、ごほごほ!」
なんとか研究室のアルバイト内容は、「本を片付けること」だった。それなら簡単だと、旭姉も、いっしょに行った旭姉の友だちたちも、たかをくくっていた--これは鳥のタカじゃなく、高々のタカね--楽ちんだって、思っていたらしい。
ところが、そこは、「とにかくやばい」らしい。
どんなふうに? って聞いても、「研究室の中のことは、誰にも話しちゃいけないから言えない」んだって。それでお父さんも「1日でみんな逃げちゃうくらいやばいんだね、おもしろいじゃないか!」ってうけている。--明日行くのはやめるわ、と旭姉のラインにはごめんねのスタンプがふたつ送られてきていた。
「なんか汚いとか?」
「ううん、部屋はきれい--きれいだったと思う」
「くさいとか?」
「くさかったら、そこにスーツつらんと、秒でクリーニングに出してもらうわ」
お父さんとお母さんの質問にも、旭姉はげんなりして答える。
「みんな逃げてしもたし、明日は、みどりに手伝ってほしいんよ、いいでしょ? 妹が小学生だっていうのも説明ずみ」
研究室の先生は、あとは親御さん、つまりお母さんとお父さんがOKを出してくれればいいとのことだった。もちろん、旭姉もいっしょだ。
わたしはその研究室がどんなにやばいのか、も気になったけど、何より、あの京都都大学へ、初めて行けるんだって、そういうほうが嬉しくなっていた。もしかしたら、もしかしたらクイズポッケのメンバーの誰かを見つけられるかもしれない!
せきも鼻水も熱もなし。
わたしは旭姉と市バスに乗って、京都都大学に向かう。
旭姉はきょうは「やばい研究室で動きやすい」Gパンと七分袖のシャツで、わたしはちょっと大きめ、ひざ下くらいのみどりのサロペット。大学前のバス停を降りたら、すぐに正門がある。たまにテレビでクイズポッケを紹介するときにも出てくる場所だ。だいぶうきうきしてきた。
門のそばには、小学校にあるよりも大きな詰所があって、大学の守衛さん(警備員さん)が何人かいる。そこで旭姉は学生証を見せたり、ふたりぶんの名前を書いたりして、
「なくしたらあかんで」
入館カードの入った、ストラップをもらった。
正門からまっすぐに続く広い道の先に、有名な時計台がある。誰でも入れたときは、観光の人が記念写真を取りに来ていたそうだ。
左の道を進んで、すごくきれいなガラスばりの建物の、大きな自動ドアをひらく。
市立病院みたいな広い受付で、また旭姉は名前を書いて、先へ進む。
建物を通り抜けると、ビルみたいな茶色の建物が、ぽつぽつとみえる。間の芝生で、大学生が本を読んだりしていた。
「こっちやで」
似たような建物のなかのひとつにすすむ。「18号館・研究棟」ってプレートがはってあった。
「靴は脱がんでええの?」
「脱ぐとこもあるけど、ここはそのままやな」
上履きにはきかえないのも、小学校と大学の違いっぽい。入り口すぐの階段を上って、二階のいちばん奥の扉についた。ドアには、『情報科学シンポジウム』という大きな水色のポスターがはられていた。
旭姉がノックする。
「こんにちは、筑紫です。妹と来ました」
「はいこんにちは」
大学の研究室の先生って、どんな人だろう。ドアを開けると……
「?!」
これは、部屋じゃない?!
本が詰まってる空間?
というほど、ぎっちぎちに本があって、--しかも上は天井まで、足元にも、「足の踏み場もない」っていう言葉の通りで、さらに、壁も見えなかった。
「すごい……」
「ジンジョウじゃないでしょ」と旭姉はため息をつく。
「きのう、生まれてはじめて、本に押しつぶされると思ったわ」小さな声でいう。
「はじめましてー、筑紫旭さんの、妹さんですね?」
向こうからおじさんの声は聞こえるけど、見えない。
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