011

「姫ちゃんは? ————ああ、お手洗いと靴を探しに行ったのねえ。え。私達の分まで探しに行ってくれているの? いやよう、誰かが履いていたわけでしょう。素足でいいわあ――――そんな顔しないで。嘘よ嘘。ちゃんと持って来てくれたら履くわよう。靴のサイズわかっているのかしら。そうね、二十三センチメート……なんで知っているの気持ち悪い。はいはい。わかったから、見苦しいわ弁解なんてしちゃってまあ。それでも男の子なのかしら。やだやだ……ジュンくん遊びはこのへんにして。どのあたりまで話したかしら……冗談よ冗談。今から話すわ、ちゃんと座っていなさい。あまり忙しないと停止させるわよう。ふふっ、あーあ。びびっちゃってんだー。やーらし。ごめんごめん、こほん。

 私とジュンくんが世界平和的を掲げる【Nu7】に所属……もとい入国したのは今から約十一年前だったかしら。それぞれ所属した理由は違ったけれど、同じ寮になって、同じ部屋だったのを覚えているわあ。ほんと、生意気だったんだから。ふふ。ジュンくんが所属したのは学生達が集まる第十二地区だったけれど、私が所属したのは、主に禍力と絆石の研究を主にしていた第三十九地区だったのよう。通学というか通勤? には時間がかかっちゃうんだけれど、治安がいいのは第十二地区だったからねえ。今は別として、昔は怖いことが嫌いだったし、両親の勧めもあってね……住むところは第十二地区だったわけ。それだったら男女相部屋もどうにかしてほしかったのだけれど……まあジュンくんと出会えたし、チャラね。————研究ってどういうのって? そうねえ……あ。ほら、何年か同じ部屋で過ごすうちに私が帰れなかったときもあったじゃない。ああいうのが研究職の常だったのよね。本来は高校生くらいの年齢で所属が決定するのだけれど、私の場合は他人よりも禍力の保有量であったり、質というものが高かったのよう。だから持て余す禍力量とそれに応じた使い方を学ぶために、まず研究施設に所属したのよ。————そうよ、今更気付いたの? 禍力の基本ともいえる四肢への流動に関してもこうみえても一流なのよ、だからこそ、時間をかけずに瞬時に流せるの。ふふん、落ちこぼれとは違うのよ落ちこぼれとは。————ああもういちいち落ち込まないで、純粋にムカつくから。凡人と天才の差っていうのは結構わかりやすいものなのよう。世間的には紙一重だというけれど、その紙一枚……壁一枚が異様なほどの差なのよ。……ああ、もう脱線した。所属した先の室長がこれはもう本当に、凡、って感じのひとでね。当時七歳だった私が一見するだけで破綻していると言ってしまったのが運の尽き――――普通七歳程度の子供が言った、ちょっとした発言よう。それを私が所属していた五年間、ずっと、毎日のように『貴様程度の人間になにがわかる』だの『女如きが』だの、大人げないっていうの。まあこれも精神を鍛える一環だと考えたわ。それで、私は約五年間、十一歳になるまで研究職を続けていたわね。今となっては激務の日々だったけれど。良い思い出ではないわねえ……結局つまるところ、あの狂った科学者? いや科学者とは言わないわね、研究者の氷室って男は、私が所属したときから研究を一歩も進化せさられていなかったの。そりゃあもう【Nu7】の上層部はお怒りよう。そりゃあそうでしょうねえ、いつまで経っても研究は進行しないわ、研究費用や人件費だけが費やされていくわで……当然のことながら間もなくして研究施設は解体。私も違う施設へ転属となったわ。————よく覚えていたわねえ。そうそう、六年生くらいのときに、一時期部屋から出て行ったでしょう。その影響よ。まあ知っての通り一年後には元の部屋に戻ったのだけれど。

 問題は一年後に戻ったというところよう。

 戻れるはずがないのよう。私が戻るということは、もともと所属していた【第三十九棟禍力研究所】というところが復活したということなのだから。ええ、当然驚いたわ。驚天動地といっても差し支えないわよね。なんてったって、あの利益も生まないへぼ科学者が戻ってみたら英雄のような扱いだったもの。上層部も掌を返していたわあ。私からしてみれば、もっと言えば研究施設に身を置いていた人間からしてみれば、まるで竜宮城から戻ってきた太郎くんみたいな感じだったと思うわよう。ザ・無能の権化ともいえる研究者が一夜にして大出世……違和感だったわ。特に興味もなかったから聞かなかったけれど。でも問題は彼が長年研究していた『疑似的禍力』というテーマはどう考えても質量保存の法則を無視していたから。気になっていたのよねえ……。————ん? ああ、まあ、そうねえ。彼が追い求めていたのを簡単に説明すると『個体差はあれど存在する固有の禍力量の限界値、限界値を数値化し、限界値を突破した際、人間になにが起こるのか』または『禍力の本質を理解し、空っぽにした器に新たなエネルギー体を流し込むことによって生じる効力』といったところかしらねえ。いわゆる人間の限界を求めていたのよう。研究対象は実験動物含めても五百個体ほどはいたかしらねえ。もちろん人間もいたわ。私や西城さんがそうだし。多分だけれど、あの子。恋染初姫も施設出身のはずよ。あの子の場合は氷室の元でいたというよりは、西城さんの助手のようなものだったのかしら。私寡聞にして知らなかったのだけれど、あの距離感は間違いなくそうなんじゃない? で、あの氷室室長は研究を飛躍的に向上させたのよう。そ。有体に言えば、人間の限界を超えた人造人間ともいえるものを作ったの。完成させたのよ。すごいわよねえ。素直に私が間違えていたと認識を改めたわあ。頭も下げて許しも請うた。ちゃんとしてるひとではなかったけれど、長年馬鹿にされていた人間からの謝罪に嬉しかったのでしょうねえ。彼は喜んでいたわ。なんなら施設内で一番目に気に入られるくらいに、私は私が研究しやすいように取り入ったのよう――――そんな目で見ないで。わかっているわ、そう。想像もつかないでしょう。だからこそ効力があったのよう。その頃から西城さんとよく食事に行くようになって、西城さんとジュンくんが知り合って、そこからまた数年。そう、あのときのことよ。

 今から約七年前のこと。私は見てしまったの。

 【第二十五棟禍力研究所】の地下、私達でさえも存在を知らなかった禍力研究所の最下層よりもうひとつしたの地獄。ある日のことよ。自らの検体とした実験に成功した私は、数値結果や数値の推移をデータ化するために、最下層の地下施設へと行ったの。そこには動植物が区画整理された場所で、分厚い防弾ガラス越しだったけれど、色々な生き物がいたわ。成長過程や人間にのみではないエネルギー体、禍力を持つ動物たちの世話は私の仕事じゃなかったのだけれど、最下層へ行く道中に頼まれごとをしたからね、ついでに寄ったのよ。奥の奥まで行ったこともなかったし、一部の人間にしか対面できない動物がいるという噂は聞いてはいたけれど。そっちに行く気なんてサラサラなかったわ。面倒じゃない。————え? 説明が長い? もう、知っているわ。これでも簡単に説明しているのよう。矛盾がないかこっちが心配しているくらいなんだから。ちょっと黙ってて。こほん。ほら、私って実は面倒くさがりじゃない。ってなによその目は。……まあいいわあ。で、動物たちを世話して数値化して、最下層にあるパソコンで入力しているときだったわ。動物というか、なんというか……聞いたこともない声……みたいなものが微かだけれど聞こえてね。怖かったけれど、どうしようか迷って、このまま放っておいてなにか事故があってもいやじゃない。だから恐る恐る見に行くことにしたの。出入り口から対角線上にある場所から聞こえた場所に行ったんだけれど、そんな叫び声をあげるような動物はもちろんいなくって。はて、と思ったのを覚えているわ。そしてそのままにしておけばよかったって今でも思ってる。————もううるさいわねえ。黙ってなさい。簡単に言うと、超強固なパスワードが幾重にも張られた扉があったのよ。動物がいるケージのその向こう側。暗闇でよく見ないとわからないような角度に。近づいて、でもパスワードがわからなかった。だから途方に暮れちゃって……そうこうしていたら入ってきた最下層の出入り口が開いてね。咄嗟に隙間に隠れて、どうしようかと迷っていたのよう。こんなところを見られちゃ恥ずかしい。視てはいけないものだったんじゃないかってね。一直線に向かってきたのは、氷室室長のご子息だったわ。研究者ふたりを侍らせて。一丁前に自分も研究者と思っているのよ、彼は。父親が凄いだけで、その威光に当てられて勘違いしているのよね。息を潜めて見ていたら、研究者のひとりがパスワードを入力したのよ。もちろん目がいいと言っても十メートルは離れていたから、数字や英語はわからなかったけれど。パスワードを入力する音で文字がわかったわ。ああいうのって電話と一緒でコードが決められているのよう。知っているひとが聞いたらわかるから、普通は無音が当たり前なんだけれど……結局氷室室長も莫迦だったってことかしらね。三人が入って行った扉に近づいて、数分待ってから十八桁の英数字を入力してみたら、開いたのよ。流石私と思ったわ。思わずガッツポーズしたくらい……わかったわよう、こほん。そこからは足元しか見えない階段だったわ。しかも結構長い階段だった。時間にして十分くらいかしらね。扉を開けると、そこは地獄だったわ。私が呑気にパソコンを打っていたときに聞こえていたのは、助けを請う人間の絶叫だったのよう――――――――げほ、うっ……。————はあ、はあ。ちょっと待ってね――――すぅ……はぁ……うっ……————はあ、はあ。……んんっ。うん、ごめんなさい……今でも覚えているのよ……たまに夢に出てくるくらいに……はあ……すぅ、はぁ……こほん。大丈夫……大丈夫よう……もう、大丈夫……詳細はごめんなさい、省くわ。とにかく。地獄だったのよう。人があんなにも凄惨に……そう。生きているままあんな風に……禍力の影響下があるから……死ぬに死ねなくて…………うっ。………はあ……、……うううっ……だめ……待ってね……ふぅぅ……はぁ、すぅ……はぁ……。当然逃げたわ。叫び声すら上げられなかった。……もうわかるでしょう……そう。……人体実験をしていたのよう……氷室室長は……今でも、吐き気が止まらないわあ。そこから私の地獄が始まったのよう……研究施設を逃げ出した私は、西城さんに泣きついたわあ。氷室室長を覗く私の味方は……あのひとしかいなかったから。

 西城さんの取った手段はひとつよう。【Nu7】という組織からの脱出。

 だから――――ごめんねジュンくん。あなたが【Nu7】から逃げなくちゃいけなくなったのは、私が……この私が暗部を見てしまったからに他ならないわ。

 正式に謝罪をさせてください。————ごめんなさい。あなたの将来を潰してしまった。……あなたがあそこに所属し続けていれば、きっともっと今より有意義な……。っ! ………………痛いわ……思い切り殴らないでよう……女の子の頬をぐーで殴るなんて……男の子がしちゃいけ……な……うっ…………ぐすっ……」

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