痩せゆく男

今村広樹

本編

 オレの趣味は筋肉を鍛えることだ。

 あくまでも趣味なんで、食事制限もしないし、ゴツくなることもない。

 しかし、それでも力瘤や6つに割れた腹筋を見ると清々しい気持ちになる。特に腹筋は力を入れなくても6つに分かれ、まるで鎧のような美しさを放っている。

 そんな美しい筋肉が自慢なのだが……。

「ん?」

 オレは気がついた。

 いつもならすぐに気づくのに、今朝は少し寝坊してしまっていたようだ。

 そのせいで今日は急いでいたのもあり、うっかり着替えずに学校へ来てしまった。

 そして、オレのうっかりミスはこれだけでは終わらなかった。

「な……っ!?」

 慌ててシャツを脱ぎ捨てる。

 すると、そこには信じられない光景が広がっていた。

「なんだこれはぁああああっ!」

 思わず声が出てしまう。

 しかし、それも仕方がないことだ。

 なぜなら――。

「き、筋肉が減ってる……」

 そう。

 いつもなら盛り上がっているはずの筋肉が、すっかり小さくなっていたのだ。

 しかも、よく見ると肌もツルツルになっている気がする。

(まさか……)

 最悪の事態を想像したオレは、ベッドの上に転がっていたスマホを手に取った。

 そして、震える手で画面をタップして『体脂肪率』を調べる。

 体脂肪率は10%を下回っていた。

「マジかよ……」

 どうやら、最悪の事態が起こってしまったらしい。そう。

 オレの筋肉と贅肉は全て消え去ってしまったようだ。

 代わりに現れたのは、ほっそりとした手足と無駄のないボディラインだった。

「どうしてこんなことに……」

 愕然としながら呟く。

 しかし、いくら嘆いても現実が変わることはない。

 それどころか、さらに絶望的な出来事が起こった。

 ピロン♪ 不意に電子音が響いた。

 音の出所を探ると、それは机の上に置いてあったオレのスマートフォンから聞こえてきたようだった。

「えっ?」

 恐る恐る画面を確認する。

 そして、そこに表示されていたメッセージを見て目を見開いた。

『体重計に乗ってみて!』

 メッセージにはそれだけ書かれていた。

「どういうことだ? いったい誰がこんなことを……」

 不思議に思いながら、体重計の方へと歩いていく。

「よし」

 覚悟を決めて、ゆっくりと足を乗っける。

 すると……。

 ブーッ! 突然、大きなブザー音のようなものが鳴り響いた。

 同時に画面に表示されたデジタルの数字が変わり始める。

 ピッピッピッ! そして、数字はどんどん変わっていき……やがて止まってしまう。

「えっと……今の体重は……」

 恐る恐る画面を見る。

「げぇーっ!」

 そこには衝撃の数値が表示されていた。

 なんと、22.1kgという数字が現れていたのだ。

「ウソだろ……」

 自分の体が信じられず、何度も確認してしまう。

 しかし、何度見ても表示されている数値が変わることはなかった。

「まさか、本当に痩せたのか?」

 改めて自分の姿を見下ろす。

 もう、骨と皮だけになっていた。

 オレはこのまま消えてしまうのか?

 オレは……オレ……。

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痩せゆく男 今村広樹 @yono

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