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 LUCKY STRIKE、Marlboro、といった複数の銘柄を袋に入れてもらい、就中衝動買いに近い位置づけで購入を決めたPeaceという銘柄の煙草を見下ろした。他の煙草とは違い、Peaceは今や絶滅種となっている缶タイプのものになる。円錐型の片手では収まらない大きさの缶にはでっぷりと五十本ものフィルターがついていない煙草が入っている。上蓋を空けた際に鼻腔へ這入る甘いような埀いような香りは時折購入意欲を掻き立て、今日のように疲れ切った脳髄を刺激する目的で買う。胸衣嚢に入れている煙草を一本取り出し火を点けた。

 彼女とは打合せ後に駅まで送り届け帰社している頃だろう。編集という立場を慮るわけでなし、とはいえああいった職業の人間には敬服すら値する。小説とは個人技であり、その個人を育成するものこそが編集者というものだ。この考えを彼女に一度云ってみたが、あえなく撃沈、撃滅と云ったほうが差支えのない事実だ。憤懣隠すこともなしに愚痴を零した彼女を見て、二度と同じ話をすまいと思ったものだった。こうして深夜の時間、吹かした煙を見ながら歩いていると、昼間雑多な世の中には現れない場所がある。私がふと足を止めた場所が、きっとそうなのだろう。

 左程大きくはなく、周囲にひとが住むような住居もないこの場所には、ひっそりとした遊具がみっつほど曖昧な様子で存在している。月明かりに照らし出された赤錆塗れの遊具は、紅涙する静けさと翳から生じる美があった。指間から消えかかり厭な臭いに変わりつつある物体を弾き飛ばしてひとつの遊具へと腰を下ろす。冷蔵庫の奥底で眠っていた納豆のような冷ややかさで臀部が撫で上げられた。腰骨から背中までを冷感な血液が昇る。不透明な袋から一本の飲料水を開け、乾き切った口腔を濡らした。とつおいつとする間もなく下ろした腰の先からは冷たいという感覚よりも、冷ややかな、といった感覚がした。曲げた膝を伸ばして、曲げて、繰り返す。妙な浮遊感を受け止め、鎖が連なった場所へ指を添えて安定する。わはは、と小さく漏らした

人声は、意識のあるなし拘わらず、誰にも届かないのだろう。はたと口許を押さえ見渡すも、誰もいなかった。自宅にスマホを置いてきたので正確な時間すら不明瞭だ。スマートフォンや携帯電話、パソコンと呼ばれるものは確かに人間を高次元へと進化させた傑作品だが、時として劣化品にもなりうるものだ。自嘲気味にそんなことを考えている自分が、正にその通り。

 足許で干乾びた蚯蚓のように落ちている煙草を見下ろす。おおよそ二三時間はこの場で呆然としていたと思われた。全ての吸殻の火が消えていることを確認し、公衆トイレの横に設置されていた塵箱へまとめて投げ棄てた。蝶番が風に悪戯されて数度鳴る。瞥見した先には見るも無残な鏡があった。蛇口の栓が古いせいか、水を打つ音が聞こえた気がした。風の方向ががらりと変わる。よもや私に対して悪戯を仕掛けたわけではあるまいな、そうであったならば如何せん気味が悪い。見えない波に乗って叩きつけられたアンモニア臭を忌避して足早に現場を離れた。蝶番が声を出す、脈動が耳の裏に搏つ音が聴こえた。聴きたくもなく、亦、見たくもない。私は個人を尊重し、個人も私を尊重して然るべきだ。空を覆う満天の星空には、みっつ連なった光が存在していた。私の星座の知識は、それがなにであったかを思い出すには到底未熟なものだった。この行為になんの意味があるのかは甚だ疑問であり、現状私にとっても未知である領域だった。兎角世間は未知で溢れている。スマホを忘れてきたことが悔やまれる。あれさえあれば、きっとあの連なった星の名前すらものの五秒で判明するのに。煙草へ火を点けた。口を潤す。混凝土の感触が安物の靴から脳天まで響いた。空気は澄んでおり、臭いの残滓が記憶されていた。煙草を吸う、煙が出る、口を潤す、嚥下する。

 それだけだった。それだけだった。それだけ、だった。

 とてもいいものを見た気がした。



















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