獣面人心飛行中

沢田和早

獣面人心飛行中

 ブッコローは今日も飛んでいた。本の配達だ。ブッコローは業務命令に忠実なので素直に配達業務に従事していたが、心の中では不満を抱いていた。


「人語を解する鳥類という特質を生かし、宣伝活動に励みたいと思います」

「合格!」


 このような入社面接を経て書店に採用されたのでてっきり宣伝の仕事を任されるものと思っていたのだが、主な業務は書籍の配達であった。配達は宅配業者に任せるべきですとこれまで何度も進言したのだが、最高飛行速度が音速を超えるブッコローの飛行能力があれば日本全国無料配達が可能になるため、ブッコローの意見が採用される見込みはまったくなかった。

 希望通り動画などに出演して視聴者に愛嬌を振りまきながら毒舌を披露したりもしているのではあるが、週に一度程度しか出番がないため、ブッコローは不満を解消することができなかった。

 仕事で解消されない不満は仕事以外で解消するしかない。というわけで、時速二百キロの飛行速度で配達を迅速に終了させた後は、余った時間で馬の駆けっこを楽しみながら金儲けをしたり、儲けた金を持って昼下がりからオープンしている飲み屋でキレイなお姉ちゃんと遊んだりして帰店するのが日課になっている。

 配達を問題なく済ませれば少々道草を食っても店長は文句を言わない。この点だけはブッコローも気に入っている。


「ミミズクさん、ご苦労さま。これを召し上がれ」


 配達先では頻繁に持て成しを受ける。奈良公園の鹿せんべい、イルカショーの餌やり体験イワシ、野良猫への無責任な残飯などの例を挙げるまでもなく、人は人以外の動物を見ると食べ物をあげたくなるものだ。

 配達先の受取人は人以外の動物であるブッコローから荷物を受け取った瞬間、人特有のこの性質が頭をもたげ、配達してくれた感謝の念と相まって、ほぼ無意識のうちにブッコローに対して食べ物を提供してしまうのである。


「ありがとうございます。いただきます」


 出された物は食べるのが礼儀である。ブッコローは礼を述べて食べるのだがあまり嬉しくない。出される食べ物が、生の鶏肉、死んだスズメ、カエル、ミミズ、コオロギといった野生のミミズクが食べている物ばかりだからだ。

 もちろんブッコローはミミズクなのでそんな物を食べたからといって体を壊す心配はないのだが、実は人間が食べる料理のほうが好きなのである。


(うう、マズイ。焼肉食べたい)


 と思っても口にはできない。相手は大切なお客様だ。もし、


「生肉は嫌いなので焼いてください。味付けは醤油ベースの焼肉のタレでお願いします。あっそれからトッピングはコーンではなくブロッコリーで。ちなみに私はブッコロリーではなくブッコローなのでお間違えなく」


 などと言おうものなら気を悪くして二度と本を注文してくれなくなるかもしれない。それは絶対に避けねばならない。ゆえにいつも「わあ、これおいしいですね、パクパク」と喜ぶ振りをしながら完食しているのだ。


「今日の配達先は動物の森か。初めてだな」


 動物の森は人家のない僻地である。人家がないので人は住んでいないのだが住所はあるので迷うことはなかった。


「こんにちは。本の配達です」

「ああ、ごくろうさん」


 人が住んでいないので当然受取人は人ではない。トリだった。さすがのブッコローも驚いた。


「受取人の名前を見てまさかとは思っていましたが本当にトリさんだったとは。こんな所に住んでいたのですね」

「いや、ここは別荘だ。都会の喧騒が嫌になるとここに来て本を読むのだが、手持ちの本を読み尽くしてしまってね」

「それならWEBで読めばよろしいのでは」

「ネット環境が整備されていないのだよ。ド田舎だからね。ケータイすら繋がらない。今回の本も郵便で注文したのだ」


 この国にまだそんな場所があるのかとブッコローは意外に感じた。


「しかも本を注文すると『そこは離島扱いなので無料配達の対象外となります。さらに配達料割り増しになります』とか言われるのだ。君の本屋は『全国配達無料です。ガラスペン一本でも無料でお届けします』なので実に助かる。これからも利用させてもらうよ」


 自分に翼があってよかったとブッコローは思った。


「ありがとうございます」

「ここは遠いから腹が減っただろう。何か軽く食べていくといい」


 ブッコローの顔が曇った。相手は野生のトリ。人間でさえ平気で生肉を食わせようとするのだ。野生のトリとなると生きたモグラとかチューチュー鳴きまくる野ネズミとかを出してくるかもしれない。

 生きたまま食べるのは遠慮したいなあと、ブッコローの内心は穏やかではなかったのだが、食卓に並べられた料理を見てそんな杞憂は一瞬で吹き飛んでしまった。出されたのは満漢全席だった。


「ど、どうしてこんなご馳走を。私はミミズクなのですよ。人ではないのですよ」

「そうだな。君の外見は確かに鳥だ。しかし中身は鳥ではなく人だ。食事は外見でするのではない。心でするのだ。心が人である君に相応しい料理は人が食べる料理に決まっている。そうではないのかな」

「いえ、その通りです」


 ブッコローは喜んで満漢全席を食べた。真面目に働いていればこんな僥倖に巡り合うこともあるのだなと少し嬉しくなった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

獣面人心飛行中 沢田和早 @123456789

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ