第7話目 夏褌と風間
「お前は、誰よりも自分が許せないんだろ」
その時、自分のことが見えていなかったことに気が付かされたが、それを認める覚悟が風間には無く、言葉に詰まってしまう。
「風間。お前はどうして、軍部から民間に戻るのではなく、警察になることを選んだ」
「それは…」
~○年前~
「どうなっているんだ! 説明しろ!」
「そうよ! 私たちだって国のためを思って我慢して生活していたのよ!」
「そうだ!!」
それは、連邦国との戦後のこと。戦争が終結するとその国同士の間で講和条約が結ばれる。大陸国との戦争においてもそうであった。しかし、この戦争においては、事がうまく運ばなかったのだ。それが、民衆たちの怒りに火をつけた。
「俺たちが勝ったんじゃねーのかよ! 納得のいかねー!」
「増税するだけして! 俺らに見返りはねぇのかよ! 賠償金は!」
民衆たちは戦時中、この国には戦争を継続するだけの余力は既になかったにもかかわらず、連戦連勝の報道ばかりを耳にしてた。そのために、戦費を賄うために多額の増税・国債の増発していく国の政策にも祖国の勝利にためにと耐えていたのだ。
「あの時の暴動は、酷いありさまだったからな。各地の交番や警察署が焼かれ、それだけにとどまらず、各方面へ襲撃がなされた。」
「はい。その時思ったんです。蓮(れん)を助ける為には、暴徒たちを取り締まることが一番なんじゃないかって」
蓮の本名は緋衣蓮(ひいれん)。元々は蓮と同じ夏褌であったが、事情があり家を追われ名を変えていた。風間は、蓮のため悩んだ末に警察への入隊を決意したのだ。
「蓮のため…か」
「あの時の僕には力がありませんでしたから。結局暴徒たちも戒厳令が出されたおかげで夏褌さんたちが」
「そうだったな」
戒厳令は、国家の安定を確保するために国王が発令する非常事態法のことである。この命令は武力衝突や内乱、災害などで使用され、戒厳令下では市民の権利が制約され、軍事裁判が行われることもある。
「蓮を守るために警察に入って…結局自分の手で殺して…」
「自分を責めるな。蓮もお前を責めたりはしていないはずだ」
「どうして? どうしてそう思うんですか?」
「俺がお前を責めたことがないからだ」
夏褌のその言葉は、以前蓮からも言われたものであった。その時は、連邦国との戦時中、夏褌が自分を庇い負傷したことを改めてお詫びしたいと凱旋後まもなく相談に持ち掛けた時の事であった。
「よく帰って来たな信」
「蓮。お前…双子だったんだな」
「怜雄のことか? 同じ部隊だったのか」
「あぁ。でも、俺のせいで敵の銃弾を受けて…」
夏褌と風間たちの部隊は連邦国との戦争において最も過酷とされている戦場で攻防を繰り広げていた。そこで、意表を突く敵の攻撃が襲い掛かり、夏褌は風間を庇うため、その攻撃を受けたのだ。幸い、その攻撃による傷は浅く、夏褌は治療を受け直ぐに現場に復帰していた。
「信。お前は気にしすぎだ」
「だけど…俺がもっと気を付けていれば! 銃弾を受けることも無かった!」
「だが軽傷だった。それにもう現場にも復帰できている。自分を責めるな」
「責めるなって言われても…」
「怜雄だってお前を責めてはいない」
「どうして? どうして言い切れるんだ!」
「俺がお前を責めたことがないからだ」
かつての言葉を怜雄の口から今一度耳にしたことで、不思議と笑みがこぼれてしまう。
「どうした? まさか蓮からも似たことを言われたのか?」
「一緒でした。全く」
「そうか」
蓮と同じことを言っていたということを知り、それが嬉しいのか夏褌は幸せそうな表情を浮かべる。風間にはどうして2人してそんなことを言うのか気になって仕方なく、その想いを言葉にする。
「どうして2人は、自分がって理由でそう断言できるんですか?!」
「なんで…。夢を分かち合った仲だからだな」
「夢を?」
長く蓮と過ごしてきた風間だったが、蓮に夢があるということは耳にしたことも無かった。
「あぁ。俺達2人にはそれぞれ夢があったんだ」
「それはどんな」
「蓮の夢はこの国を守る矛となること。そして俺の夢は民衆たちを守る盾となること」
「待ってくださいそれじゃ」
「あぁ。入れ違っているよな。だから、その時2人で決めたんだ、俺達は2人で1人。お互いの夢を叶えようってな」
小さなころに蓮と交わした夢について、とても幸せそうに話していた夏褌を見て風間は、その絆が2人のことを強く逞しく成長させていることを心から感じた。
「二人が強くいられる理由はそれだったんですね」
「どうした?」
「いいえ。ずっと疑問に思ってたんですよ。どうして二人は、どんなに辛いことがあっても消して逃げることなく受け止められているのかって」
「受け止められていないさ」
その言葉は夏褌にしてはとても弱々しい声で、風間にはうまく聞き取ることができない程であった。
「え?」
「いや、なんでもない」
「…?」
「ともかく、無理はするなよ風間」
「はい。」
触れることが許されないような違和感を感じながらも、風間は先を行く倫道たちをの後を追い、極楽町への進軍を始めた。
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