第6話 失望と決意

 「放してください!」


夏褌の腕を思い切り振り払う若葉。


 「憎いか? 俺が、警察が」


夏褌の問いかけに応えることも無く目も合わせない。無礼だと思いつつも、今の心理状況を考えれば当然の反応だろう。それについて、夏褌も咎めることはせず、続ける。


 「正直に答えてみろ。若葉」

 「ぶっ殺してやりたいですよ…。俺を利用した奴ら全員!」


予想通りの返事が返ってくる。いつの日かこうなることが分かっていながらそれを避けようともせず、放置していたのだ。今更驚くことは無い。夏褌は警視総監室に戻ろうとする若葉の行く手を阻む。


 「そうだろうな。」

 「どいてください」

 「分かった落ち着け」

 「落ち着ける訳ないじゃないですか! もういいです。力ずくで」


怒りを鎮め、話し合おうとするも若葉は落ち着いて会話ができるほど、大人ではない。刀を抜き、夏褌を殺してでも警視総監室へ戻ろうとしている。


 「俺に刀を向けるとはいい度胸だな」

 「今は上司だとかそんなの関係ないです! 通してくれないなら力ずくで!」


若葉は勢いよく切り掛かるも、夏褌にとってそれはあまりに遅く、簡単に腕を掴まれてしまう。


 「放してください!」


押し蹴りをして無理やり掴まれた腕を放す。


 「大したもんだな」


顔色一つ変えない夏褌に悔しさが込み上げてくる。若葉が全力で立ち向かったところで勝ち目は無かった。再び切り掛かるも、簡単にかわされる。そして、夏褌に簡単に刀を奪われた挙句、胸倉を掴まれ壁に打ち付けられ投げ飛ばされる。反撃する余地など全くなかった。


 「いい加減にしろ! いいか。確かにお前の日向を思いやる心や警察への怨嗟の念は決して間違っていない。今回の件についての否は全てこちらにある」

 「クッ…ソ…。クソ!」


自分の無力さに床を叩きつけ怒りを表す。


 「お前の怒りは理解できる。信じていたものに裏切られたんだ当然だ。だがな、そんな怨嗟の念に流され自分の意志を見失っている様では勝てる相手にも勝てはしないぞ」

 「はい?」


若葉が顔を上げると、剣先をこちらに向けられていた。思はず、怯えた声が出てしまうが、そんな声に耳も貸さず夏褌は続ける。


 「お前は警察学校時代頭一つ飛びぬけた剣豪だっただろう。お前が本来の自分に戻れれば、今の紫苑にだって勝る実力のはずだ」

 「葵といいあんたといい、何なんだよ。俺の意志って?!」

 「はぁ…。お前もまた、自分の意志を見失っているのだな。わかった。もう一度あの街へ行くぞ。ついて来い。きっと答えが見つかるはずだ」


そう言って、若葉に刀を返す。結局警視総監室に行くことは叶わなかったが、自分の意志を見つけるべく、極楽町への再侵攻を承諾することに若葉は決めた。


数日が経ち、夏褌を始めとする極楽町襲撃部隊が招集された。そこには、紫苑直々の命により、倫道と風間の姿があった。


 「とうとう俺たちの出番なんですね。夏褌さん」

 「あぁ。俺の力が至らないばっかりに巻き込んでしまい申し訳ない2人とも」


深々とお辞儀する姿に困惑しつつ、必死に頭を上げるように促す2人。


 「いいんですよ別に助け合うための組織ですから」

 「そういう事です。夏褌さんが気にすることじゃないですよ」

 「すまないな。それにしても、倫道は大分丸くなったみたいだな? 昔は」

 「昔の話ですよそんなの」


食い気味に話を遮る倫道。それはまるで、何か思い出したくないものがあるようだった。それを察してか、夏褌はそれ以上何も言うことは無かった。


 「おい! 若葉! いつまでそうしているつもりだ」

 「うるさいですね」

 「なんだその」


上司に対する非礼に見かねた風間が詰め寄ろうとするも、それを夏褌は腕を伸ばしその行く手阻み、若葉の胸倉を掴みにかかる。


 「いい加減にしろ! 確かにお前は日向の恋人を殺めた張本人だ! だがそれを日向は咎めたか!? お前のせいにしたことがあるか! どうなんだ!」


夏褌は、葵が若葉のことを恨んでいないことを知っている。葵が警察を去るときに直接聞いていたのだ。しかし、それを言ったところで若葉信じるはずがないと、そのことについて特に何かを言うことをしていなかった。


 「出ていくんだな? 葵」

 「もうこんな組織には居たくありません…。朱寿のことや若…兄のことだって…」

 「お前の言っていることはもっともだな。」


葵が警察を去ると決心した原因は度重なる不信感であった。人々の平和な暮らしを守るべく入署したにも関わらず、常に相手するのは、非戦論者の人々で犯罪者ではない。挙句大切な人を何人も傷つけることになってしまっている。それだけで、辞めるには十分な理由だった。


 「若葉はどうするつもりだ? 大切な相棒だろ?」

 「若もいつか真実を知るときが必ず来ます。僕はその時のために、若が安心して暮らせる場所を確保しておきます。そして、2人で警察を潰します!」

 「真実…か。そんな日が来ると良いな。」

 「思ったより随分と冷静なんですね。僕はあなた方にとって脅威となるかもしれないんですよ?!」


煽るような口調で仕掛けるも、夏褌の対応はいたって冷静そのものであった。


 「だから何だ? それがお前を始末する理由になるのか?」

 「…。本当に夏褌さんは凄いですね。その刀に一度として血を吸わせたことがないんですから」

 「一度として…大袈裟だな。まぁ命を粗末に扱うな。俺から言えることはそれだけだ。」

 「ありがとうございました。」


その後の葵の所在については、花園からの連絡を受け、把握をしていた。それ故に、極楽町へ侵攻し、かつての約束を果たしに行ったのだ。


 「いいえ」

 「そうだろ! あれはお前のせいじゃない。だから日向もお前を咎めなかったんだろ」

 「でもあいつは警察を去りました!」

 「その真偽も聞かず何を勝手にふてくされている! だったら確かめに行けばいいだろう!?」


言うと同時に若葉を押し飛ばす。その時、若葉の目にふと映った夏褌の顔には後悔の念が浮かんでいる様に思えた。その表情を見て、少し冷静さが取り戻された。

 

 「お前が羨ましいよ杜」


風間は優しい口調で言った。そして、若葉に歩み寄り視線を合わせるためにしゃがみ込む。


 「どうして…ですか」

 「俺は絶対に恨まれてるからさ。てかそう言われたし。言われてないってことは大丈夫って可能性もある。それで、お前が勝手に決めつけて距離を置いたらそれで終いになっちまうぞ。それでいいのか」


悲しそうな表情で風間は諭す。その表情の裏にどんな思いがあるのか、何があったのか若葉は気になったが、どうしてもそれを聞いて良いとは思えず、言葉にできなかった。だが、若葉の決意を新たにさせる為には十分であった。


 「それは…いやです」

 「なら! 確かめに行くぞ!」

 「はい! すみませんでした。俺も行きます!」


若葉の声、そして表情は覇気を取り戻していた。その姿を見て安心したのか、優しく微笑む夏褌。そして、部隊に向けて


 「よし! 行くぞ!」

 「おう!!」


部隊の気合は十分であった。誰もが、我先にと歩みを進めていく。しかし、その中に風間だけが、目立って緊張をしているのが夏褌の目には映った。


 「風間」

 「は! はい! 何ですか?」

 「無理、してはいないか? 彼女のこと。それに」


夏褌は不安そうな表情で話しかけるが、風間はその声をかき消すような勢いと声量で返す。


 「大丈夫ですよ! 心配いりません!」

 「だが…」

 「第一、夏褌さんは僕のことを恨まないんですか? 俺は…あんたの兄を殺した人間ですよ!」


それは、大逆事件と呼ばれる出来事であった。それは当時、政府の意向に反する人間たちが国王陛下の暗殺を計画したという口実のもと、多くの反対派が厳しく弾圧されるという事件で、社会状況は大きく変化をもたらすほどのもので、夏褌の兄は、その被害者の一人であった。


 「恨んでいない。あれは仕方のないことだ」

 「仕方がないで片付けられるんですか! 実の兄ですよ!」

 「誰かを恨んで何になる。それに、俺はお前が一番苦しんでいることを知っているんだ」


その言葉に、風間の中に沸々と沸いて出ていた怒りの感情が、だんだん落ち着いていく感覚があり、出かけていた言葉が喉の奥に消えてしまった。








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