第4話 統率者

 「今から10年前の話なんですけど…僕が一人で警察と対峙してた時…」


10年前、それは万年青や飯島たちがこの街に来る前のこと。花園が一人で街の守護を行っていた。そんな時、この街は最大の危機に陥っていた。警察も連邦国との戦後に暴徒化した人々が大都市で焼打ち事件が起したことをきっかけに蹂躙を目的とした侵攻が増え、その日の標的が以前の極楽町であった。


 「この街の人々が一体何をしたというんですか?」


今回の侵攻には、流石の花園でも苦戦を強いられていた。それも当然、軍部の精鋭部隊『黄道十二宮』も侵攻に加わっていたのだ。


 「お前が此処のリーダーか?」

 「貴方は…。まさか…」


声が聞こえる方向に目を向けたその時、視界に入ったのは警察の衣装を着た夏褌姿であった。


 「随分と久しぶりだな。花園」

 「その恰好…まさか! 何故警察に! だって貴方は!」

 「生憎だがな、ゆっくり会話をしている暇はないんだ」


花園の言葉を遮るように言う。


 「何のためにもう一度戦争なんてする必要があるのです! 戦争が終結した時の戦場を貴方は見なかったんですか?」


花園は、夏褌なら警察に反抗する組織に組するものだと信じていた。しかし、目の前に居る夏褌は警察の隊服を身に着けている。それは、信じ難い現実であった。


 「見たに決まっているだろう」

 「だったら何故!? あんな法律を定めて!!」

 「それが国の方針だ。仕方ない」

 「そんな理由であんな惨劇を起こしていいはずがないでしょ!」


国の方針。夏褌の口からその言葉を聞いた時、憎悪の感情に支配されていく実感が、花園にはあった。揺るがぬ信念を持ち、どのような逆境も乗り越えてきた夏褌が、紫苑を追うように警察に行った。それは、夏褌のことをよく知る花園にとっては(戦争はこんなにも人を変えてしまうのか…)と思わされ、耐え難い絶望であった。


 「この街の人たちには手出しはさせません! 行きますよ!」

 「俺と話すつもりはないんだな…。仕方がない」


花園の攻撃は単調なものであった。人は、感情に気をとられた時、冷静に物事を判断する力が著しく低下してしまう。加えて、夏褌は花園よりも軍部に居る期間が長く、戦闘経験も豊富であった。花園にとっては分が悪い戦いであった。


 「なんだそのなめた攻撃は! 花園!」

 「クッソ!」


結局、花園は夏褌に全く歯が立たなかった。刀を弾かれ、腹部に蹴りを入れられその場にうずくまる。花園は死を覚悟した。


 「はぁはぁ…。みんな…ごめん」


花園は天を見る。


 「何故謝る?」

 「守れな…かったからに…決まってるだろ」


花園は抵抗する素振りもなく、ただ天を見上げているだけであるにも関わらず、いつまでも夏褌は刃を振るわない。


 「これからも守ればいいだろう」

 「な…? 何を言っているんです? 貴方は私を殺しに来たのでは?」

 「俺がいつ殺しに来たと言った?」


その言葉を聞いて、ようやく冷静さを取り戻した。確かに、花園自身が感情を身に任せ攻撃を仕掛けていたが、夏褌は一言も殺すという言葉を発していなかった。


 「そうですね。私が暴走しただけですね」

 「そうだな。俺は今も昔も気持ちは同じだ。ずっと変わらないものを信じ続けている。」

 「変わらないもの? ですか」

 「この国は時代と共に変化を遂げてきた。しかし、それだけは決して変わらない」

 「それは一体…」

 「人の平和を願う気持ちだ」

 「平和を願う…気持ち…なら何故…。賛成派に」

 「お前なら分かるだろ」


花園には、その理由が直ぐに解った。


 「紫苑さんですか?」

 「流石だな。その通りだ」


夏褌は、帰国後焼打ち事件があったことやその後の警察の暴挙のことを知らされた。その事実を知り、紫苑を止めることを決意し軍部を去り、警察に入ったのだ。しかし、いくら諭しても紫苑は正気を取り戻すことは無く、力づくで止めるしかないと思い始めていた。


 「だとしても! 貴方が居た場所はそんな簡単に止めさせてもらえる場所じゃないはず!」

 「そうかもしれないが、あの方はお許しくださった」

 「まさか…。それじゃ戦争は?!」

 「あの方が望んだものではないってことだ」

 「…ッ!」


それは、衝撃の事実であった。なぜなら、この国の人々は全てある一人の名のもとに命を懸けて戦っていると思い込んでいるからだ。元軍部の花園も高官になったことは無い、だからそのことは知る由もなかった。

 

 「今はそんなことで驚いている場合ではない。いいか。時間が無い端的に伝える。お前はここから逃げろ」


夏褌の目は冗談を言っている様子はなく、真剣そのものであった。


 「そんなことできる訳! この街の人を置いて!」

 「紫苑がお前を探してる。捕まえ次第見せしめにするつもりだろう」

 「そんな…」

 「お前は俺らの中じゃ相当な有名人だ。民衆にお前の死が晒されれば、大きな絶望を与えることにもなる」


戦場を離れ、民衆を守るために戦う人間は決して多くはない。加えて花園は紫苑と肩を並べるほどの実力者と謳われている。そんな人間が殺されてしまえば、心の支柱を折られるようなものだ。


 「だとしても!」

 「何かを守るためには何かを犠牲にしなければならない。それは、お前も十分分かっているはずだ」


それは、究極の2択であった。しかし、夏褌の言うことは決して正解では無いかも知れないが納得させられるものであった。


 「分かった…」


小さい声で答える。


 「よし。お前のことは俺が殺したことにしておく。もちろん名前を伏せてな」

 「あぁ。助かります」

 「信じてくれるのか?」

 「ははっ…愚問ですよ。そんな刀でいる奴、信じない訳ないです」


花園は夏褌の刀を見つめる。血の一滴も付いていない刀、それだけで信じるのは十分な理由だった。これだけの激しい戦闘が繰り広げられている中で刀が汚れぬはずはない。誰一人傷つけることなく、この場所まで来ることなど普通ではあり得ない事だからだ。

 

 「それならよかった」

 「私が逃げて暫く身を隠すとして、その後はどうすれば…?」

 「お前が逃げた場所は、俺に報告してくれ。そして覚えておいてくれ、次お前の前に現れた時、それが紫苑を止める戦いの狼煙だ」

 「分かりました」


そして、夏褌は急ぎ早にその場を立ち去り、その後直ぐに、警察は撤退していった。



花園が話を終える頃には日はもう沈んでしまっていた。


 「彼は今も敵地で紫苑さんを止める機会を伺っています」

 「ということは、警察の人間ってことか?」

 「俺以外にも居たんだ…」


花園の話を聞いて、リーダーが警察内部の人間であることに驚きを隠せていない。


 「なら、警察がここに気付いたことも?」

 「もちろん。知っているはずです。」

 「なるほどな」


万年青は何かを悟ったような様子であった。


 「長く話し過ぎましたね。今日はもう遅いですし休むとしましょう」

 「そうですね! 休みましょう」


そうして、4人はそれぞれ自分の場所に戻っていった。

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