第3話 四天王
警察の度重なる侵攻を極楽町。今回の夏褌の侵攻にはこれまで以上の激戦を強いられ、負傷者の数は過去最多になってしまっていた。
「そうですか。とうとう警察はここにまで攻めてきたわけですか」
そう言っているのは、花園光輝(はなぞのこうき)。紫苑が探し求めていた男だ。街の侵攻を受けている時は、丁度街を留守にしている時で、帰って来てからその事実を告げられた。
「どうしますか。また場所を移しますか」
「いや、もうどこへ逃げても変わらないでしょう」
極楽町の住人は、これまで何度も場所を変えて警察の手から逃れて来ていた。しかし、これだけ多くの負傷者を抱え移動をするというのは厳しいと言わざるを得ない。
「刑事正の奴…次こそ絶対に倒す!」
「夏褌ですか?」
と警視正という言葉に食い気味に反応する花園。
「花園さん本当に警察の内部について詳しいですね」
「もとは同じ戦場で戦った仲間で、葵君よりは関わり多いですからね」
「あっそう言えばなんですけど私、万年青さんと花園さんに聞きたかったことがあるんですよ」
二人の会話に割って入るように声を出したのは、飯島朝顔(いいじまあさがお)。エネルギッシュな女性で、どんな時も強くあろうし、元気いっぱいに振舞おうとするとこの街のムードメーカー。風間への特別な思いを抱いている。
「なんだ」
「なんですか」
「どうして2人は、元軍部関係者でありながらわざわざ国を敵に回すようなことをしているのかなって…。多くの人はそのまま戦争強硬派に残っているに」
「戦争をしても多くの犠牲生み、幸せを奪うだけだからな。俺は親父と兄貴を戦争で失った」
万年青の父と兄は半島国を巡る戦いの最中、暗殺者集団の奇襲によってほとんど壊滅に追いやられた部隊の一員で、殉死してしまっている。
「そうですね。戦争から何も得られるものはありません。私の場合は、紫苑さんですね」
「警視総監?」
「あぁ彼はそこまで登り詰めたんですね」
花園の顔は曇っている。
「総監と花園さんはどういう関係なんですか?」
「戦時中同じ部隊で最前線で戦っていました。私たちの部隊は特に激しい攻防が繰り広げられ多くの犠牲を生みました。その中には、彼が慕っていた上司もいたんです。それで彼は精神を病んでしまった」
「そう…だったんですか」
「あと、戦後一度彼と闘ったことがあるんです」
遡ることおよそ15年前。この国が、連邦国との戦いを繰り広げていた時代。当時、警視正を務めていた紫苑は花園を警察に引き入れようと、一人で街に足を運んでいた。
「懐かしいな、光輝」
「そうですね。帰国して以来ですか。何の用です?」
紫苑の姿を見て、花園はその変化に驚いていた。ともに国の『平和』を守るために戦っていた彼の『平和』は歪んでしまっている。そんな予感がしていた。
「お前、大佐たちの最後の言葉を聞いたか」
「言葉ですか。えぇ聞きましたよ。この国を頼んだと」
「そうだ。そこで光輝に協力して欲しいことがある」
「なんでしょうか」
固唾を飲みながら言う。
「俺と警察組織のトップに上り詰めて、この国をさらに強くしてほしい」
「強い国…ですか。どうするんですか」
花園の声は少し震えていた。
「戦争で勝利を収め続けるんだ。そうすれば、この国の人々は他の国に怯えながら生活しないで済むだろ」
「…。本気ですか」
花園の予感は的中してしまっていた。紫苑は半島国を巡る戦いによって壊れてしまっていた。それも当然だ。慕っていた人間が続々と死んでしまっていく中で自分だけが生き残ってしまうという罪悪感。それは、人によっては耐えがたい苦るしみになる。紫苑もその一人であった。
「本気だ」
「それなら、私はお断りします。私はもう戦争なんて懲り懲りですから」
「それなら力ずくで連れていく」
2人は睨み合う。最初に動いたのは紫苑。それに反応する花園。2人の剣技は互角であった。紫苑が不意を突いたとしても、花園が不意を突いたとしても両者がそれを交わす。
「貴方はこんなことする人じゃないはずです! 目を覚ましてください!」
「目は覚めている! 俺はこれが最善の道だと!」
「夏褌さんが戦場から帰ってきてこんな貴方を見たら悲しみます!」
当時、夏褌は軍部に残って連邦国との戦いを繰り広げていた為、この国におらず、紫苑のことは戦後帰国後に知らされたのだ。
「黙れ! あいつは必ず力を貸してくれる! だからお前も来い!」
戦いの最中、そんな会話を交わす。しかし、結局決着は着かなかった。
「流石だね…光輝。最後まで折れないなんてな」
「当たり前です…。もし、貴方が戦争を強硬的に推し進めると言うなら、私はそれを阻止する勢力に組して貴方を止める」
「はは。その選択をしたことを後悔させてやるよ。じゃあな」
そう言って、紫苑は街を去っていった。花園はその背中を見つめ、紫苑を止める決意を固めていくのであった。
「彼は…戦争で壊れてしまった。私はそれを止めたいんです。皆さんにはまだ紹介していませんが、ここのリーダも同じ考えです」
「リーダーなんて本当にいるのかよ。警察に所在がバレた今、俺らは窮地に立たされている。そんな時に居ないリーダーなんて、本当にリーダーって言えるのかよ」
「花園さんが私たちに嘘ついたことなんてないでしょ。きっと理由があるんだよ」
いつまで経っても動いてくれないリーダーに対し怒りを覚える万年青をなだめる飯島。
「リーダーは忙しいですからね。でも、そろそろ動いてくれているころだと思いますよ」
「まぁ。ならいいんだけどさ」
「紫苑さんを止めたいから、元警察の僕もここに受け入れてくれたってことなんですね。この街に侵攻してきたことだってあるのに…」
葵は以前、若葉と共にこの街に侵攻をして、花園と交戦していたのだ。その時は、花園を始めとする非戦論者に圧倒され、撤退を余儀なくされた。そのこともあり、警察から身を守り、自らの力を高める場所としてこの街を選んでいたのだ。
「昨日の敵は今日の友ですからね。それに、あの時の貴方の様子は見るに堪えませんでしたから」
「そ? そんなにですか?」
「恋人を殺されたことや、警察に友が利用されていること貴方の境遇を考えれば断れないですよ」
「すまなかったな。朱寿(すず)のこと」
福冨朱寿(ふくとみすず)。彼女は葵の恋人であり、万年青と共に人々を懸命に守ろうとしていた芯の強い女性だった。警察の侵攻を受けた時に致命傷を負わされ、命を落としてしまっている。万年青は彼女を守れなかったことに強い後悔を覚えている。
「本当にいいんです! こんな国でこんな時代…仕方がないですよ。そんな事よりも僕は若を助けたいんです。あいつはこのままじゃ絶対に後悔する。そんな姿見たくないんです!」
「お前は強いな。俺も見習わねーと!」
「それなら! 早くリーダーにも動いて貰わないとね! 花園さん、リーダーについて教えられる範囲でいいんです! 教えてください!」
リーダーについての詳細は、四天王の誰にも知らされていなかった。それは、敵に悟られない様にするためで、花園は頑なに教えようとはしていなかった。
「この街に夏褌ほどの実力者が来るとなると…。次が最後の抵抗になるかもしれないですからね。もういいでしょう。全てをお話しします」
そうして、ようやく花園は固く閉ざした口を割った。
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