第2話 報告
街に侵攻するも成果を上げられず、葵さえも連れ戻せない始末。任を受けたものとして、それは一番避けなければならなかった事態であった。若葉は、どのような処罰が下されるのか怯えていた。
「ど…どうしましょう。夏褌さん!」
「どうするもなにも。それがお前の上げた成果だろ? 受け入れろ」
「う…」
「ほら、行くぞ」
「はい…」
2人は警視総監室前に着くと、夏褌がドアをノックする。若葉の精神状態は最悪であった。部屋に入る脚が重いと感じるのは初めてであり、今すぐ逃げ出したい思いでいる。
「失礼致します。任務から戻りましたため、ご連絡に上がりました」
「その声は夏褌か。入れ。」
指示を聞き、扉を開け室内に入るとそこには、脚を組んで座り高圧的な印象を与える背の高い男性がこちらを見ていた。彼は長谷川紫苑(はせがわしおん)。警視総監を若くして務めるエリート。
2人は、警視総監の机の前に整列し、敬礼をする。
「どうであった。あの街には居たか?」
「若葉、お前の口から伝えろ」
若葉の心拍は著しく上がる。どのような処分が下されるのかという考えたところで、どうしようもない不安で言葉が詰まってしまう。
「はい…。葵はいました。しかし、大変申し訳にくいのですが…」
「連れ戻せなかったのか。まぁ気にすることはない、今一度あの街には部隊を派遣するつもりだ。その時に説得するといい」
それは、意外な言葉であった。張り詰めた緊張感が解かれ、安堵する。しかし、それと同時にもう失敗は許されないのだと思うと、再び不安が襲い掛かる。
「はい。ありがとうございます!」
「あぁ。もう下がっていいぞ」
「はい! 失礼いたします」
若葉は深くお辞儀をし、部屋を後にする。それを夏褌は横目で見つめている。扉が『パタン』と閉まり、暫くして、ようやく口を開く。
「本当に日向を迎え入れるつもりがあるのですか?」
「そんな訳ないだろ。捕え次第処分する。それと、ため口にしてくれ。お前に敬語使われるのは違和感なんだよ」
2人は警察学校時代からの同期で、かつては場所は違えど共にこの国の平和を守るために戦っていた。今は訳があって、夏褌が遅れて警察に加わり共に任務を全うしている。敬語については、部下がいるときは序列を乱さないために了承しているが、実際夏褌に敬語使われることは余り好んではいなかった。
「わかった。それにしてもお前は若葉のことをどう思っているんだ」
「利用価値のある部下だな」
「お前…先の戦争で本当に人が変わったな」
紫苑に背を向け、少し距離をとって振り返りながら言う。
「こうなるしかなかったんだよ。大佐たちの想いを受け継いでどこの国にも負けない強い国を造るためにな」
2人は半島国をめぐる戦争や連邦国、世界を相手に幾多もの戦争を乗り越えてきている。そこでは、慕っていた上司や食卓を囲んだ仲間たちの死目の当たりにし、遺言を聞いて来ている。
「強い国…ね」
夏褌は大佐たちからの言葉を思い出していた。
「そうだ。お前だって知っているだろう? 列国がこの国のことをどう思っているかを!」
「子どもが背伸びをしている様な国だ」
この国は列国に比べ、何もかもが遅れていた。鎖国を行い外国の情勢に目をくれようともせず、いつまでも閉じこもった外交をしていたのだから当然と言えば当然である。いくら鎖国を止め、列国に習った改革を推し進めたとしても、それには限界があった。しかし、最近になって先の戦争で功績をあげていたことや憲法を制定したことにより、認められ始めてきたのだ。ただ、現状に満足している政府の高位高官の者たちはいない。
「そうだ! 我が国は列国に未だ認められておらず、舐められているのだ! このままでは、隣国たちのようにいつ支配されるか分かったものではない!」
「そうかもしれないが、列国と結んでいた条約の改正も済んで、我々は着実に認められ始めている。焦る必要はない」
「少しの油断がこの国を滅ぼすことにも繋がるんだぞ! 怜雄! お前は考えが甘い!」
紫苑は大国の二の前になることを恐れていた。半世紀前、『アヘン』と呼ばれる麻薬の一種を巡った戦争があった。その戦争は、我が国の人々は度肝を抜かれる結果に終わっている。なんと、大国が負けたのだ。そして、負者は勝者の良い様に使われる。それはだけは、何としてでも避けたいのだ。そのことは、夏褌も同意であった。
「そうかもしれないな。もうこんな時間か。すまない、今日のところは失礼する」
「あぁ、杜のことくれぐれも頼んだぞ」
「わかった。それと、あの街にはお前の目当ての人間が居たぞ。失礼する」
そう言って、静かに部屋を立ち去る。扉が『パタン』と閉じるのを見つめながら、顔を覆い、笑みがこぼれている顔を隠す紫苑。
「花…園…が…。そうかお前はそこに居たのか…」
花園(はなぞの)は、紫苑がずっと探していたかつての同じ戦闘部隊の一員であった。その実力は紫苑に並ぶほどで、正義感が人一倍強い男であった。一度勧誘を試みたが断られてしまい、そのことで対立をしているのだ。
「こうしてはいられん。直ちに再侵攻を試みなければ…。あの二人を呼ぶか」
そうして呼ばれたのは、長谷川倫道(はせがわりんどう)と風間信子(かざまのぶつぐ)。倫道は紫苑の実の弟で、兄の支えになるために警察に所属している。多少乱れた制服の着方をしているが、咎めるものはいない。風間は倫道とは正反対で、乱れた着方など一切しないまじめな人柄で、以前は戦争反対派として、警察とは相対する場所で戦っていたが、徴兵令によって兵役を行い、戦争を経験してからというもの警察に組し、市民を取り締まる側になっている。
「何か用ですか? 兄上」
「やっと来てくれたな、2人とも」
「直々の御呼出しということなら何か内密な仕事ですか?」
「まぁそんなところだ。今日夏褌たちが向かった街に例の四天王がいるらしいのだ」
「あのリーダー不明の謎の集団ですか…!! ということは兄上のお目当ての花園という男もそこに?」
戦争反対派の中には、中々警察が制圧できない場所が各地にいくつかあった。その土地には、軍部出身の精鋭が指揮を執っており、それ故に、激しい戦闘を強いられてしまうのだ。夏褌が今回侵攻した理由も何度も多くの負傷者が出ていた地域であったからだった。
「あぁ。そのチームには、飯島もいる。次こそは逃がさないで始末しなければですね」
飯島(いいじま)と風間は、かつて共に街を守るために戦った仲であった。現在は、訳があり飯島から恨みを買っていて、風間は後ろめたさを感じながらも、警察として振る舞わなければならないこともあり、日々葛藤をしている。
「是非ともそうしてくれ。夏褌には前々から頼んでいたんだが、手を焼いているようだからな、力添えをしてやってくれ」
「え? あの夏褌さんが手を焼くとは思えないですが?」
「そうですよ、夏褌殿は兄上と肩を並べるほどの実力者ですし」
警察最強の一角を謳われる夏褌が手を焼くはずがないと2人は驚いた表情を浮かべる。
「四天王にも軍部出身者はいるからな」
「何はともあれ、次の出陣には我々も同行いたしますのでご安心を」
「そうですよ兄上! 我々にお任せください!」
「頼もしい限りだな! よし、もう下がれ」
「「は!」」
2人は深々とお辞儀をして、部屋を後にした。そして、紫苑は机に戻り、警視総監室内は再び音のない静かな空間となった。
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