暁
mint@戦兎
第1話 決別
世界のいたる所で戦争が繰り広げられていたこの時代。この国には、戦争強硬派と戦争反対派に別れ抗争を繰り広げていた。警察は政府のコマとして、警視総監の指揮のもとに民衆に対し厳しい取り締まりを強いられていた。
「本当にここに、葵はいるのかな…」
街中に刀が交わる音や銃音が鳴り響いている中、見渡すように歩くのは、杜若葉(かきつわかば)。警察を去った友を探しにこの街まで出陣してきた。
「さぁな。だが、実際に赴いてみない事には、情報の真偽は分からん」
堂々たる姿勢で歩みを進める中年男性。彼の名前は、夏褌怜雄(かみつれお)。警視正を務めるほどの実力者であり、部下からの信頼も厚い。
「それは…そうですけど…」
「分かった警戒を怠るな。いつどこから敵が攻めてくるか分からないからな」
「はい」
そう言って若葉が前を向いたその瞬間、人体を切裂く鈍い音が連続して聞こえてきた。
「ほら! 雑魚は引っ込んでろ!」
声と共に勢いよく2人の前に現れたのは、万年青皐月(おもとさつき)。この街を守護する四天王の一人で20代半ばの男勝りの女性で短刀の二刀流で戦っている。
「夏褌さん!」
「若葉! お前は先に行け!」
夏褌は刀を抜き、万年青に切りかかる。しかし、その攻撃は全てかわされ、最後の一撃で、刀を交える。力では夏褌が勝っている。
「でも!」
「日向のことを探すんだろ! だったら、こんなところにいる必要は無い!」
「わ、分かりました! し…失礼します!」
一礼をして、若葉はその場を後にする。
「何? 若い子は逃がしちゃうのか?」
「あいつには別の目的があるんでな。お前に時間を使っている場合ではない」
「失礼だなあんた! まぁいいや。日向葵(ひゅうがあおい)を探してるんだよな」
夏褌が力を緩めた瞬間に、万年青は刀を押し返し、お互いに距離をとる。
「知っているということは、やはりこの街に居るんだな?」
「あぁ。いるさ。この万年青皐月と同じ四天王の一人としてこの街を守っている!」
「お前、四天王なのか。人は見かけによらないな」
「おい! それはどういう意味だ! 警察ごときが舐めるな!」
夏褌の一言は、万年青の逆鱗に触れた。万年青は瞬きする間に、夏褌の間合いに入る。
夏褌もそれに応戦する。
万年青の刀は短刀の二刀流。その特性を生かし、速度のある戦闘スタイル。連撃を喰らわそうとするも、夏褌はそれを全て軽く受けき切る。
その様子から万年青は態勢を整えようと距離をとろうとするが、夏褌は思い通りにはさせない。
「ちっ! 思考読んでるのかよ! あんた!」
「人の考えていることなど俺にわかる訳ないだろう」
夏褌は万年青との距離を詰める。
「クソ…! 速…!」
万年青はその速度に反応できない。
夏褌は万年青の刀を弾き飛ばす。
万年青は尻もちを着き、すぐに刀を拾いに行こうとするも、夏褌に阻まれてしまう。
「他の雑魚に比べて別格だな…あんた。何者なんだ?」
「刑視正を務めている夏褌怜雄だ」
「刑視正…。なかなかのお偉いさんがわざわざ出陣とはな。そこまでして、戦争反対派を取り締まろうとしてるってことか…」
戦争強硬派の動向に怒りを露わにする万年青。
「それが警視総監の命令だからな。警察として、それに基づいて取り締まるのが仕事だ。仕方ない」
夏褌の表情はどこか曇っている。その表情の変化は万年青にとって少し違和感があった。
「そうだろうな。だから警察は嫌いなんだよ。先の戦争の悲惨さを知ってなお、また戦争を始めようって言うんだからな!」
「それが国の決定だ。仕方ないだろ」
「仕方ない仕方ないってな、あんたが本当にしたいことはなんだよ! さっきから俺にはあんたの意思が見えてこない!」
立ち上がり、怒鳴り声で夏褌に詰め寄る。
「…さぁな。俺がしたいことは何なんだろうな。俺にもわからん」
刀を鞘に納めながら、万年青に背を向けて答える。その背中は先程まで感じた気迫を一切感じないほど弱弱しいもので、万年青の感じる違和感はさらに大きくなる。
「何で剣を収める? 俺を殺せよ。それが仕事だろ?」
「命を粗末に扱うな! お前の死に場所はここではない。また会おう」
万年青を傷つけることなく、夏褌はその場を立ち去る。その奇怪な行動に、万年青の思考は追いつかず、その場に立ち尽くすことしかできなかった。
一方、日向を探している若葉は、荒れ果てた街をひたすらに進んでいた。
「こんなに探してもいないなら、やっぱり葵は別の場所に…」
「久しぶりだね若」
「その声…。葵! 本当にいたんだ!」
若葉は驚きのあまり、歩みを止め、振り返る。するとそこには、筋肉質体型の青年日向葵の姿があった。しかし、そこにいる葵の表情は若葉の思い出の中には見当たらなかった。
「そうだよ。若も警察辞めてここに? って訳じゃなさそうだね。俺を連れ戻しに来たか」
若葉の周りを回りながら、全身を嘗めまわすように見る。
「葵、警察に戻って来てよ。また一緒に仕事を」
「警察に戻るつもりはない」
葵は即答した。
「何で!?」
若葉の胸倉を勢い良く掴む。
「当たり前だろ! 今の警察は、国家総動員法や治安維持法を使って強硬的に戦争を開始しようとしてる。それが俺らの望んだ平和な国造りに繋がるのか?」
「それは…でも、だけど!」
「悪いけど、俺を連れ戻したいなら力づくで来いよ」
若葉は突き飛ばされ、尻もちを着いてしまう。頭の中では予想で来ていた解答であっても、警察学校時代からの仲間に即答で断られそこまで言われるのは、結構心がえぐられるものである。
「…分かった。俺が勝ったら警察に戻ってもらうよ」
立ち上がり、刀を抜き葵に剣先を向ける。葵に慌てた様子はない。覚悟していたのだ、警察を離れた時からこの日が来ることを。
「いいよ。来い!」
その掛け声と同時に、若葉は刀で切り上げるも、葵は身体を逸らし、それをかわす。
そして、葵も刀を抜き若葉に剣先を向ける。
「警察を辞めたからって弱くなったと思ったか? 若」
「そんなこと思ってない!」
「なら今の一撃は何だ?」
葵に鬼の形相で見つめられ、背筋が凍る。
「それは…」
「本気で来いよ。若!」
警察学校時代から共に切磋琢磨して、剣技を高め合ってきた二人。お互いの癖は、熟知していた。それ故に、両者とも決定的な一撃を与えられずにいた。
しかし、警察を辞め、型に囚われない戦闘スタイルを取り入れた葵の不意の蹴り技に若葉は反応できない。
「嘘ッ…」
若葉はその攻撃によって横たえてしまう。その様子を見てすかさず、剣先を喉元に付きつける。
「つ…強くなったね。葵」
やられた状態、震えた声で言う。
「違う。若が弱くなったんだよ」
「そんな訳あるか! 葵が居なくなってからも毎日鍛錬積んできて」
「そうじゃない。昔の若の方がもっと確固たる意志を持ってた。人の強さには意志の強さが大きく関係している。俺には、警察からこの街に居る人を守り抜くっていう意思がある。でも今の若にはそれがない。何をしたいのか分からない。」
葵は刀を鞘に納め、悲しそうな表情で、声で、語り掛ける。『確固たる意志』という言葉が若葉の頭には残る。
「俺だってこの国の平和を守りたいって意思がある!」
「だけど、今自分がいる警察に疑念を抱いてしまっている」
「そ…それは…」
葵の言葉に、言い返す言葉が見つからない。図星だったからだ。若葉は初めて部隊の統率者として出陣して以来、警察に対する不信感を抱いていた。
「まぁいいよ。いつかお前も真実を知る。じゃぁな若」
そう言って、若葉に背を向け街の奥の方へ消えていく。
「あお…。何で…。真実って? 何だ…」
少しずつ小さくなる背中をただ、見つめることしかできない。
「失敗したか」
そこに、煙草を咥えた夏褌が後ろから話しかける。
「夏褌さん…」
「今日のところは戻るとしよう。他の隊員も大勢怪我を負っている傷の手当てをしなければならない」
「はい」
差し出された夏褌の手を取り、立ち上がる。
そして、2人は街を後にした。
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