第36話:頼む!
俺の言葉をどう解釈するか。
賭けではあったがどっちに転んでも良かった。
この人の中で『彼女』と考えるものが山崎さんならば、それはそれで。
だが、悲しいかな。俺の想像は正解らしい。この人の『彼女』は山崎さんではない。
「……か、のじょって。は?」
俺はカマをかけただけだ。
先ほど聞かされていた二人のやり取り、この人はミスなどなかった。
苦しくねぇか? とは思ったし自分の都合ばっかりで付き合う意味あんの? とも思った。
だがそんな感情を排除すれば、見事にあー言えばこー言うスタイルを貫き通したのだ。
俺はこの人の事情を知らない。
全て事実の可能性もある。本当に大変なのかもしれない。
しかしだ、あの情報が真っ直ぐな見方をさせてくれない。いや、俺の性格なのかもしれないが。
都合に隠された不都合な存在(この人の視点で言えば不都合は山崎さんに当たるのかもしれない)がちらちらと顔を出す。
この人は別れの理由に智也を見つけた。
二人でいるわけでもなく、何なら間に白坂を挟んでいた智也を、何故すぐにそう見たんだろう。
短絡的過ぎると思ったがなんてことはない。自分が同じことしてんだ、自然な思考回路といえよう。
「えっと、……ちょっと、話が、よく」
俺越しに三人の姿を気にしていた目は俺にしか向けられていない。どんな風に映っているだろうか、不敵な笑みでもできればいいのだが。ううむ口角はあがってくれそうにないな。
着実に苛立ちが成長していってるんだ。
俺が揺さぶりを受けた涙。あんたも見ていただろう?
あんたの変わらない態度が余計に山崎さんを毅然としているように見せたんだよ。
何故あんな風に平然と言い訳を並べられた。焦ることも心配することも何もなかったじゃないか。
そんな男がだ、今は視線をふらふらさせている。腰に手を添えたかと思うと擦りだしたりポケットに指先を入れてみたり。
さっきまでの流暢さは完全に消えた。
いつ何時突っ込まれてもいいように想定問答はバッチリだったわけだ。浮気をする奴はマメだと誰かに聞いたが。なるほどなるほど。
「わざわざ話をしに来たのは探りですか? 彼女が彼女の存在に気付いたかもしれないと?」
「……。やっぱり、弥生気付いて……」
「いや知らんけど」
「キミ弥生の友達なんだよね、アイツSNS何個使ってるか知ってる? 裏とかあるのかな」
だから知らんて。聞けよコイツ。
こめかみの辺りに小さくイラッときたが、すぅはぁと深呼吸する。
この状況で感情的になってはいけない。
矛先がこちらに向けばいいが、そうならない可能性もあるから。
俺がするべきは手を出すことではない。
そんなものは俺がスッキリするだけ。誰かを思っての怒りと自分の怒りを混同してはならない。
心を痛めている姿を見たんだ。
彼女が頑張ったのを近くで見たよ。
もうこれ以上はいいだろう?
「今日は車じゃないんですね」
「は? あぁ……、長くなるとアレだからパーキングに。それが何か」
「いいですね、免許。行動範囲広がるし、俺もすぐ取りたいっス」
「あぁ、そう」
「運転歴はどれくらいなんです?」
「……三年だけど。なに、車好きなの」
「いえ、別に」
「はぁ?」
生憎俺は気軽に「チッス先輩。先輩っていくつっスか」とは聞けないもんでね。回りくどいことをしていると自覚しているさ。
最速で取ったとして二十一歳か。
たった数歳の差。だが社会では大人の枠組みなわけだ。
「つかなに、キミ。何が言いた」
「未成年者への淫行未遂」
「は? い、いん……?」
「警察に相談してもいいですか」
この人がどんな思考を持ち合わせているか。これは賭けだ。さっきのものより重要で、どちらに転んでもいいなんてことはない。
脅迫をするのだからな。それが成立するには相手の理性や倫理観ってのが大事で。
ここが崩壊しているのなら俺が何を言おうと何の効果もなくなる。
「……は?」
勝算は五分だ。山崎さんが『彼女』に気付いたのではという一点で乗り込んできたこの人は、ここだけで終わらせたいと思っているはず。あわよくば丸め込んでイイ思いしたいとかあったかもしれんが、とりあえずそこは置いておく。
バレないために変な労力使ってるこの人は、快楽に走る一方で冷静なんだろう。その冷静さが条例の詳細まで網羅していなければ隙は十分。
こんな相手に、こんな状況で、こんな願いというのもおかしな話だが。
頼むよ、まともな奴であってくれ。
おまわりこわいってなって。
高校生にこんなん言われてプライドずたずたでも奮い立ったりはしないで。
俺になら向けていいから。
矛先間違えないで。
頼む。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます