第37話:たかがガキの脅迫


 暫く視線がぶつかったままいた。

 目の奥は相変わらず落ち着きがない。俺を見ているようで見ていないようだった。

 思考がまとまったのか、ややあって口を開く。


「あ、のさぁ俺ら付き合ってんのよ、そういうことがあっても合意の上なわけ」


 言いながら苛立ちが高まったのか「かじった知識で脅してんなよ、ガキが」と吐き捨てる。そのガキと同い年に手出そうとしたくせに。


 ところで俺の声は少々フラットらしい。

 初めて「瀬名は喋りも省エネだ」と言われた時は、俺ときたら喉まで省エネシステムなのかとまんざらでもなかったのだが、すかさず「やる気がないって意味だと思うよ」と智也に突っ込まれ、ちょっとテンション下がったのを覚えている。


 普段それをいいも悪いも思ってはいないが、今日は意識してみようか。

 こちらが冷静であればあるほど、追い詰めた先は冷静さを欠いてくれるだろうから。


「彼女の親と面識はありますか?」

「……うん?」

「保護者へきちんと身分を明かしていますか」

「……」

「まさかただ双方の合意があるだけで許されるとお考えですか」

「は……? は?」


 言われた通り俺の知識はかじった程度。実際この二人がどういう判断をされるか分からない。

 全てが処罰対象でもないらしいし、そもそもどれだけの人らが遵守しているのかも謎だ。

 だがそんなのはどうだっていい。今この場で効果があれば十分。

 この人は自分の都合しか考えていないしな、俺も都合のいいとこだけ抜粋させてもらうさ。


 しかし、良かった。山崎さんの誰にも話していないとの発言は親も含めてだろうと踏んだわけだが、正解だった。

 そこはちゃんとしてますと言われたら別の切り口を用意せねばと思っていたんだが。


「相当な覚悟、これが女子高生とヤるために最低限必要なものですよ。よっぽど好きじゃないとなかなか手は出せませんよね」

「……んな大袈裟な……」

「そうですか? 未成熟な年齢なんですよ、俺たち。飲酒喫煙も禁止されているし、免許もまだ取れません。アルバイトも親の許可がいるとか」

「……」

「いくら俺らが大人ぶっても子供なんですよ。それは変わらない」

「……」

「ついでに言えばあなたが大人であることも、大学生であることも、おそらく就活が始まることも変わらない。あ、もう始まってますかね」

「……ちょ、っと待て」

「あなたにとっては何でもない遊びが、人生を左右するような問題に発展するかもしれませんね」


 おっと。ちょっと早口になってしまったな。

 冷静に喋っていると見せなければ。


「他にも彼女がいる状態で女子高生と付き合うあなたを、世の中は真剣だと認めるんでしょうか?」

「世の中って」

「あなたたちの場合、合意とは客観視されたものも含むと思うんですが」

「……」

「面倒ですか? でも仕方ない、俺らガキなんで」


 舌打ちが聞こえて、あぁもう終わりが見えたと思った。

 先ほど言われた言葉を返したのは別に根に持ってるわけではないぞ。ちょっとだけだ。


「それで? 俺にどうしろって言いたいわけ」

「本当に好きなら追いかけて話をすればいいと思いますけど、そうじゃないならここで終わった方がお互い良いのでは」

「……」

「真摯に付き合うってなら応援しますが。あ、勿論二股もやめてもらって」

「……。めんどくせ」


 でしょうね。こちとらこの数分間、面倒だと心底思ってほしくて喋ってたんだ。

 意味合いは違うだろうが同時に息を吐く。

 終わった。



「駐車場はどっちです?」

「あっち」


 三人が向かった方向とは逆だ。どこまで進んだかは分からないが、遭遇することはなさそうだな。

 一応辺りを見回す。俺ら以外誰もいなかった。


「素朴な疑問、いいですか」

「なに」

「何故女子高生とヤりたいんです?」

「は? 何言っ……」

「……」

「え、もしかしてアイツ知ってんの……?」


 そう言って口を覆う姿に俺は目線を落とした。

 自分の目が鋭くなるのを自覚したからだ。


 彼女が言わなかったのは面倒だからなのか、口にしたくなかったのか。

 色々あるかもしれないが、俺は思う。

 彼女は見たくなかったのではないだろうか。俺の言葉を聞いて変化したこの顔を。そこからは「ヤバい」という感情が読み取れた。

 表情ってのは時に言葉よりも伝わりやすい。


「……いえ、知りませんよ。二股もそうですが、俺の推測です。正解でしたか」

「あぁ、そう。じゃあアイツが変な気ぃ起こすこともないわけね」

「ソウデスネ」

「何故、ねぇ。特に理由はない、そういう気分だったってだけ」

「そ、っスか」


 構わないんだが。

 山崎さんはこの人と別れたいわけだし、二股だし、保身バカだし。

 何故と問うた俺が言うのもアレだがまともな返事などあるわけもないのだし。

 だから、分かってはいたんだが。

 それでもちょっと、やっぱり。

 胸が痛んだ。

 


 *



 小さくなっていく背中を見送る。

 駐車場はここからでは確認できないが真っ直ぐ帰ってくれると信用しよう。


「あー……。つかれた」


 エネルギー、もう残ってない。俺は家まで帰れるんだろうか。足も動きたくないって。

 勉強は無理っぽいな。今日は仕方ない。うん。



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