第32話:彼女の結論


 弁当を中庭で食べるためにどれだけの労力が必要か、もし俺がそんなことを滔々と語れば智也は呆れた顔でハイハイと流すだろう。

 異議申し立てはしなかった。面倒だし。

 そもそも共に行動する理由はないので俺は教室で弁当を広げるさ。

 しかしそんな俺の目論見に気付いたのか、「取ってくるよ」と智也は白坂と教室に走り、テロテロ歩いていた俺と山崎さんは置いていかれた。


 女子と二人。だが向き合っているでもなく会話もない。同じ場所を歩いているだけなのだ。特に苦手意識は稼働することもない。

 程なくして二人は戻ってくる。

 教室に向かう手間は省けたが(省けたとは実にいい響きだ)、智也は俺に弁当を寄越さなかった。

 人質とは。小賢しい真似を。


 さて中庭に行くためには一階まで階段を降り昇降口にて靴を履き替えなければならない。

 俺らの教室がある一般棟、図書室や特別教室がある特別棟。その二つの間にある中庭には木製のテーブルとベンチが四つほど設置されている。

 ここ最近すっかり気温が高い。そんな中わざわざそこで食事をする奴らがどんだけいるだろう?

 こんなことを考えるのは白坂くらいだと思っていたが、無駄足は絶対嫌なので窓から中庭を確認すればなんと満席ではないか。信じられん。

 唖然としたものの俺は腰元で拳をグッと握った。これで中庭に行くことはないのだ。


 智也に伝えれば場所は食堂へ変更となった。

 教室で食べればいいのに。二回くらいは思った。


 基本的には弁当のない生徒が利用する食堂だが入口を右折すると『お弁当スペース』なるものが設けられている。白坂はそこへ向かった。

 テーブルのサイズが小さかったり観葉植物が置かれていたりと、気持ち手狭なそのスペースは不人気で、食堂は何度も利用しているがここに人がいるのはあまり見たことがなかった。


 中央から奥は賑やかだが隅にあるここは静かで、なんとなく思った。

 白坂はなるべく人がいないところを求めていたのだろうと。


 前回と同じ席順でテーブルに着きようやく弁当にありつけた。長かった、実に。



 *



 黙々と弁当を食べる俺の視界にちょいちょい入り込んでくる、まじででかいおにぎり。

 コンビニで売られているヤツ二個分(いや、二個半かも)を一個にしたようなサイズが二つ。海苔あり、なしの二種類。白坂の昼食である。

 ちなみに今白坂が頬張っているのは海苔なし。塩むすびだそうで好物らしい。海苔の方には具が入ってるよ~とのこと。

 おかずの入った小さな弁当箱が出てきた時は驚きのあまり箸を落としそうになった。


 前回と同じく会話は三人で行われている。

 ろくに聞いていなかったので流れは不明だが、智也の「え、別れる?」との声に顔をあげた。

 こくり山崎さんが頷く。


「それはもう伝えたの?」

「うん。直接とか電話はちょっと無理だったから夜中に別れてくださいって送った」


 山崎さんは前髪を指で弄りながら「言い逃げみたいで卑怯かもだけど」と言う。

 恋人関係を終わらせる伝達法の正解は俺には分からないが、あちらは大層驚いただろうな。

 だがその裏側を聞いている身としては言い逃げとも卑怯とも思わないが。


「あっちはなんて?」

「朝返事来てたけどまだ見てない」

「そっか……」

「私、勢いで動いたりってできないから。だから衝動的とかじゃないの。しっかり考えて、昨日自分の中で結論が出たって感じ」


 白坂は知っていたのだろう。

 山崎さんの言葉を黙って、時折頷きながら聞いている。


「あの日はただただショックでさ。むかついたり涙も出たんだけどね。でも言い訳してほしいとかはなくって。だから話をしたいとか、問い質したいとかは全くなくって」

「うん」

「冷めたとかそういう感じでもないんだけど、もう関わるのは嫌だなって思って」

「うん」

「私もしかして本気で好きじゃなかったのかな、って、ちょっと自分にショックだったよね」


 相槌を打つ智也へ山崎さんは自嘲気味に笑う。その隣で白坂はふるふると頭を横に振った。

 声はなかったが「そんなことないよ」と言っているようだった。


「本気ならもっと悩むよね。こんな簡単に決まんないよね。だからお互い様なのかもしれないよ」


 山崎さんが言って、誰も言葉を発さなかった。

 白坂はやっぱりふるっと小さく頭を横にしたけれど何も言わなかった。


 本当に好きだったのか。ただ単に浮かれていたのか。恋に恋していたのか。いろんな見方はあるだろうが、それは他人が指摘するものではないだろう。

 白坂も言っていたが人の心は分からないのだ。山崎さんが今言ったことも本心か分からない。

 実際俺は山崎さんの表情や声色から、簡単に決めたとは思わなかった。


「次はしっかり相手を知りたいって思う。正直ね、流されたとこはあるから。反省しなきゃ」


 黙る面々に気を使ったのか、本心なのか。

 やはり彼女の真意は分からないが、まぁ嘘だとしても「次」と言えるのなら良かった。


 食堂の奥から響く笑い声が空気をぶった切る。俺たちは食事を再開した。

 塩むすびを完食し海苔ありを頬張った白坂が目尻を拳でサッと拭ったのは見なかったことにしよう。


 三人の談笑も再開だ。

 トークテーマが「迫る期末テスト」になると白坂が憤慨した。「ご飯食べてる時に喋るな!」と。

 随分なことである。



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