第31話:そのままのキミで


 **



 無理だと承知でお願いしたい。四限の授業は各自教室で行うというルールにしてくれ。

 どの時間でも移動は面倒だが四は駄目だ。行きはいいが帰りが駄目だ。エネルギー消耗著しい。


「あ、白坂さん」

「……」

「山崎さんもいるよ、ちづ」


 授業を終え教室へ向かう道中、智也は前方を指さした。促されたからではなく進行方向を見ていた俺はその姿を捉える。

 俺が返事をすることはない。相手が智也であっても必要のない返事であれば口を開きたくない。今俺が口を開くのは弁当のためだけだ。

 智也が白坂たちに気付いたところで何の問題もない。あちらも前に進んでいるからな。うっかり追い越さない限りは関わることはないだろう。


「あ、比永くん、瀬名くん」


 なんでなの。関わることはないだろうがフラグになったとでもいうの。

 歩いてたじゃん、なんで振り返る。背中に目玉ついてんのか。


「二人でご飯?」

「うん、今合流したとこ! あっ、二人も一緒にどー?」


 なんで俺らを待つの。

 ええい、前を歩くな。せめて後ろを歩いてくれ。

 そうしたら俺は歩幅をでかくして智也ごと置いていくのに。


「いいよ。ね、ちづ」


 ふざけるな。お前だけ参加しろ。俺は教室に入り席に座り弁当を出し腹を満たす。そこに他の作業を挟むつもりなどない。


「あたしね今日は遠足仕様なの」

「へぇ?」

「おにぎり! でっかいの!」

「あぁ、なるほど?」


 どこがなるほど? 何がなるほど。

 智也、お前そろそろバレると思うぞ。適当に返事してるってな。


「ねぇっ、中庭で食べない?」

「あー、遠足仕様だから?」

「比永くん分かってるね~」


 中庭、だと?

 冗談じゃない!


 目立つ行動はしたくないが仕方あるまい。抜き去ろう、右足の歩幅を大きく踏み込んだ。

 しかし同じタイミング、いや僅かに俺の方が遅かったかもしれない。「白坂じゃあん、久々ぁ!」と甲高い声がして、この場に女子が二人召喚された。


「クラス離れてから初じゃね?」

「あっ山崎もいんじゃん!」


 明るい茶髪、肩下までの長さ、分け目が左右で違うが、この二人は髪型をお揃いにしてんだろうか。

 いや、そんなんどうでもいい。

 何故だ、どうして立ち止まる。廊下で広がるな。通行人の邪魔だろうが。俺の邪魔だろうが。

 それから智也よ、肩に回した手離してくんない。


「つか山崎! アンタ彼氏いるんだね~」

「え」

「いつだっけ、見たんだよ。声かけよーと思ったら車のっちゃってさぁ」


 ああああああ。何でよりによってそんな会話をする。こんなん、このタイミングでされたら智也は動かなくなるだろうが。あああああほらもう、ちらちら山崎さん気にしてる。


「相手いくつ?」

「車持ちの彼氏とか羨ましいんだけど。彼氏の友達紹介してよ」

「あ、いいね。合コンしよ」


 智也の顔が歪む。嫌悪むき出し。

 俺の左斜め前にいる山崎さんはかろうじて口角をあげているように見えるが、きっとそれは笑顔と言うには少々ぎこちないものだろう。

 そして白坂は……、


「ダメ! そんな変なことにやっちゃん使わないで!」


 本心で「変なこと」と思っているのか山崎さんを気遣っているのかは不明だが、とりあえずぷんぷんしてる。ワァすごい、この時間にそんなエネルギー使うの?


「大丈夫、白坂は誘わないから。安心しな」

「うん、白坂にはちょっと早いもんね」


 白坂は随分お子様扱いなようだ。知ってるか、お二人さん。コイツこう見えて知識はあるんだぜ。


 む。いかんいかん。何を傍観してんだ俺は。

 そう気付いて智也の手を掃うため右肩をあげた。

 だが、


「ていうか合コンは健全だよ?」

「交流会みたいなもんだって」


 そう言われた白坂の返しに一同、動きが止まることになる。


「だって、合コンってなんかちょっと」

「うん?」

「なんか、やらしい」


 しん。静まる。

 ここにいる五人全員、白坂を見る。

 俺からは頭頂部だけだが、俯いてもじもじしているのは分かった。


「下心がすごい。字面がもう、えっちぃ」


 どういうこと? 字面?

 合コン……、え? 全く分からん。

 つかその四文字にそんな反応って、コイツ本当に高校二年か?


 しかし、なんだ。

 そんなもじもじしながら言われてはこちらが恥ずかしい気持ちになるんだが。

 お前この間智也に結構な発言してなかったか? 何故あれは平然と言えて……あぁ、授業で習ったからとか? ウゥン。


 きっと全員が白坂の言葉を反芻し、白坂の空気に感化されている。

 廊下は様々な声が飛んでいるというのにここだけはひどく静寂で。それを終わらせたのは、ぐう。俺の腹の音だった。


「腹減った」

「ハッ、やばい。ちづのエネルギーが」

「あわわ、瀬名くんかわいそうに……。おっきな音だったね……」


 くるんと振り返った白坂は俺を見上げる。そんな心配げな顔するくらいなら通してくれないか。あぁでもなんかそんなことを訴えるのも、もうめんどい……。

 元々意思の強い目をしていないことは自覚しているが、きっと微かにはあるであろう光を失い始めた――時だった、この場に突如でっかい音が響いて目を見開く。

 ごるああああ、みたいな。どぅるるるあああ、みたいな。え、なに。地響き?


「あっはは~あたしもかわいそう!」

「白坂のお腹!? アンタ可愛い顔してエグい音出すね!」


 確かにエグい音だ。だが俺の腹は共鳴しているんだろうか、ぐうぐうともう止まらん。


「白坂にはそのまんまでいてほしいわ」

「え、おあずけってこと?」


 ぐおおおおお。白坂の腹が猛抗議する。


「そっちじゃねーし」


 冷静に突っ込んでご友人二人は白坂の頭をナデナデすると俺らの後ろへ消えていった。

 バイバーイと手を振る白坂の隣で山崎さんは顔をそらし体を揺らしている。

 良かったな、白坂。山崎さん爆笑されてますよ。



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