第30話:モヤモヤ。ぬーん。
我ながら思う。らしくないなと。
モヤモヤが消えない。
苛立ちがくすぶっていて、落ち着かない。
俺は何に苛立っているのか。白坂とは同じ気持ちではない。智也とも違う。
多分あの二人は山崎さんに心を寄せて怒り、悲しんでいるのだろうから。
これは俺の持論だが、自分がどこへ心を向けるかはどの立場に自分が近いかで変わってくると思う。
経験の有無や性別。この人は友達であっちは知らない人だから、ということもあるだろう。
もしかしたらあの彼氏は相当な照れ屋さんで友人に本心を言えない人なのかもしれない。照れ隠しであんな発言をしたのかもしれない。
このかもしれないが俺の妄想ではなく真実だとしても、男という一点のみで共感するのは、俺にはちょっと無理だ。「仕方ないナァ」と肩をすくめてやれるようなレベルではない。
物理的な近さでいえば、俺が感情を向けるは山崎さんになる。
だが、山崎さんへ感情を向けてみてもこの苛立ちはそこにない。
「……あー、もう」
俺は自分が見たあの二人の姿に胸がチクチクしているのだ。
山崎さんの潤んでいた目と必死に作ったような笑顔。白坂がこっそりと涙を拭う姿。
それが消えない。
原因が彼氏だから矛先はそこへ向かう。
智也や白坂と同じ対象への苛立ちだけど、俺の苛立ちは少々自分勝手である。
白坂はその場面に立ち合い、智也は本人から聞いた。山崎さんの感情をダイレクトに受けたのだ。
俺にはその事情についての揺さぶりは少ない。それよりも自分が見たものの方が印象的で。
脳裏にべったりと貼り付いている。瞼を閉じると鮮明になってしまって、壁をぶん殴りたくなる。
しないけど。痛いし。
勝手な想像が続く。あの二人は今もあの顔をしているのではないかと。
白坂は知らんが山崎さんはそうだろう。……これからどうするつもりなのだろうか。
彼氏と話す? 別れる? 流す?
勝手な想像はそちら方面には全く機能しない。俺は山崎さんという人間を知らな過ぎる。まだ白坂の方が分かるくらいだ。
そして、彼女がどうしようと俺には全く関係のないことである。
次に会うことがあれば、その時無理やりに笑顔を見せるようなことがなければいいな、と。そう物事なり気持ちなりが動いていればいいな、と。
俺が彼女に寄せる気持ちはその程度である。
考えても仕方のないことなんだ。
俺にできることなど何もないのだし、そもそも俺に何かをする気もないのだからな。
なのに。……ああ面倒なもんだ。頭も心もちっとも平穏になりやしない。
人間ってのはつくづく厄介な生き物だな、と。俺は何度目か分からないため息を吐いた。
***
週明けの朝、教室。
大袈裟に言うと俺は面食らっていた。
何故なら白坂が交換日記を持ってこなかったのだ。
「ごめんね、瀬名くん」
「……」
「明日は書いてくるからね」
大丈夫だ、謝る必要はない。寧ろそのまま自然に終わるのはどうだろうか。そう、自然消滅だ、実にいい。
そう思う気持ちに偽りはないのだが、何かあったか? と思うほどに俺は驚いていた。
交換日記というシステムは破綻している。だがコイツは律儀に毎度書いては渡してくる。持ってこなかったことなど一度もないのだ。
「……。どうした?」
「えっ!?」
「いや……」
俺が自主的に声をかければ白坂は大きな反応をする。
数少ない体験から俺はそのことを学んでいて。だから分かってはいた、んだが。
分かっていてもグンッと距離を詰められるともう何も言えなくなる。
ガタタッと椅子を鳴らし俺の方へ体を寄せる白坂を避けるように俺の体は通路側へ傾いた。
「ハッ、ごめんねっ」
「……」
白坂は体を戻すとズレてしまった机をガタガタと動かした。
引き寄せた机と体の密着具合はなかなかで。
二人(?)の仲を邪魔できるのは拳一個程度のものと推測される。
前の席と随分距離が空いてしまった。
「……瀬名くん、元気?」
「……まぁ」
「良かった」
「……」
「比永くんは元気かな」
そう言って白坂は智也の席を見る。
つられて見れば智也は女子と談笑中だ。
俺の位置からは笑っている横顔が見えたが、白坂にそれが見えたかは分からない。
言いたいことはアレだろ。
山崎さんの件を気にしていないか、それが気になっているんだろう。
アイツがこの土日どんな気持ちで過ごしたかは知らないが、その件で悶々とする暇はあまりなかったんじゃなかろうか。
ふと思い出すことはあったとしてもな。
「あたしはね、ちょっとおかしいみたい」
「……」
そんな改まって言わなくとも、キミを知っている人間ならば「今更?」と首を傾げると思う。
俺は今小さく傾げてるよ。
気付いてないみたいだけども。
「おやつ持ってこなかったんだよ、あたし。忘れたとかじゃなくてね」
「……」
「朝ごはんもね、たくあん残しちゃったし」
ふむ。おやつはともかくとして。たくあん?
それはおかしいのバロメーターなのか?
当然のように言われても困るんだが。
「日記は書けなかったのに宿題はしてきたし」
「それはおかしいな」
女子とのお喋りだというのに気負いもせず、するりと言葉が出て行った。
だってそれはおかしい。非常にだ。
「瀬名くん、めちゃくちゃあたしに構ってくれるやん……。やっぱりあたしおかしいんだね、心配してくれてありがとう……」
こんな返しをしてくる辺り、コイツは通常モードな気もしてくる。あれ? おかしいってなんだっけ?
「自分のことだったらさ、多分こんなおかしくなんないと思うんだよね。考えても仕方ないね! って思いがち。あたし」
「……」
「でも人のことになるとさ、完全には分かってあげられないし。だから勝手にいろいろさ、妄想しちゃってさ、余計に、なんていうのかな」
「……」
「ぬーん」
「?」
「ってなるよね……。はぁ」
え? ……え?
何、どうなるって? ぬーん? どういうこと?
勝手に語りだしたかと思えば意味不明な表現で完結させた白坂は頬杖をついて瞼を伏せた。
何落ち着いてんだ、こっちは頭ん中ハテナでいっぱいなんですけど。フゥじゃねぇ。
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