第28話:それでも擦り傷はできたと思う
「やっぱり、うん。怪我してる」
智也は一人頷くと広場へ向かう。促されてはないが俺の足もそれに倣った。
見知った人間が負傷しているらしいのに「ふうん」と流す気にはならないさ。
「白坂さん!」
「……。あれぇ、比永くん。おっ瀬名くんも」
白坂は一度山崎さんの向こうを見てから、右に左にと首を振って俺らに気付く。
「どうしたの、大丈夫!?」
「何でもないよ~」
白坂は駆け寄る智也に笑って答えると、少し遅れて到着した俺にも笑顔を向ける。
近付いてハッキリ見えた。左の膝小僧、白い肌にうっすらと血が滲んでいる。
俺らの視線に気付いたのか「ただの擦り傷。もう洗ったし平気!」と白坂は親指を立てた。
確かに大怪我というわけではなさそうだ。智也と俺は同時に息を吐く。
しかし表情を歪ませている人物が一人いた。
「ごめんね、莉子……。私のせいだ」
「え、なんでよ。やっちゃん悪くないじゃん!」
「だって莉子、私のために……」
山崎さんだ。
目測で俺より十センチ以上低い位置にある頭が下がっている。
智也と目を合わせた。これは何事かと。
「ごめん、私ちょっと浮かれてたから……。あんなサプライズとか、考えなきゃ良かった」
「ちょちょちょ! それは違うでしょー! 悪いのは彼氏じゃん、やっちゃんは全くミジンコも悪くないし!」
ミジンコ……?
一瞬の静寂は三人がそこに引っかかったからではないだろうか。誰も首を捻ったりなどしていないが白坂以外の頭に「?」が浮かんだような気がした。
もしや微塵と言いたかったのか?
「……申し訳ないんだけど莉子お願いしてもいいかな。私薬局行ってくる」
そんな変な間を破った山崎さんは、返事を待つことなく俺らの横を走り抜けていく。
事情を分かっていない俺がその背中に振り返ったのはただの条件反射だった。
「ごめん! やっちゃんについてってほしいんだけど。せな……比永くん!」
「……」
「分かった! ちづ、白坂さん頼んだよ」
ふむ。俺に人の心を読む能力などないが今のは分かったぞ。「あ、コイツ使えないんだった」だろ。
まぁ別にいいのだが。それより、俺が珍しく真っ直ぐ見ているというのに目が合わないな、なぁおい白坂よ。いやなに、別にいいんだがな。
背中に「山崎さん待って!」と智也の声がした。
見た時にはもうその姿はなかった。
追いつけただろうか。
「ごめんね、瀬名くん。巻き込んじゃって」
謝罪が聞こえて振り返る。
背中まである白坂の髪が風に乗って揺れた。それを右手で押さえながら「まぁ楽にしてよ」と言う。
お前の家ではないんだが。などと突っ込むつもりはない。右腕にも膝同様の擦り傷が見えた。
くしゃくしゃと頭を搔いて一度空を見上げる。
鼻から吸い込んだ空気を鼻から出して、喉を鳴らした。そうして白坂の頭へ視線を落とす。
「……山崎さんの彼氏とやりあったのか?」
「えっ! なんで!?」
白坂には多少慣れてきたと思っていたが、どうやら勘違いだったようだ。出した声は上擦っていた。
向けられた視線とぶつからないよう、俺は白坂の後ろにあるベンチの背もたれに目線を置く。
さてそんなことより。会話から推測しただけだったのだが、この反応は、そうか当たりか。
「あっでもねアレだよ、彼氏さんにやられたとかじゃないからね! そういう意味では全然、全然関係ないの」
「……『そういう意味では』?」
思わず聞き返せば白坂は躊躇いながらも頷いた。
「勝手に話すのもアレだからさ、詳細は省くんですが。やっちゃんの彼氏にキレちゃったんです、あたし」
何で敬語?
「ぶん殴ってやろうと思ったんだけど、やっちゃんに止められて」
「……」
「とりあえずもうその場にいられないし帰ろうってなったんだけど、あたしの興奮はおさまんなくて」
その場にいられない。ということはそのキレる出来事というのは直にその彼氏が何かしたということだろうか。
「すっ転んで」
省かれているのは詳細だよな?
突然転んだぞ。
「結構な転びで」
「……」
「この有様さ」
なるほど。確かに山崎さんはミジンコも悪くないな。ついでに彼氏の方もそういう意味では無関係のようだ。
「ギャッ! 頭じゃりっていった! ハッ、そうか、あのわんこか……クッ」
「ハ、わんこ?」
「いやね、転んだ時さ散歩中のわんこがいてね、ビビらせちゃったみたいでさぁ」
「……」
「威嚇されてねぇ、ごめんねって言ったんだけど頭げしげしやられちまいまして。えぇ」
お前はさらっと、なんかレアな体験してんな。
まぁ頭をぶつけたとかでないのならいいんだが。
「……悪いことしちゃった」
急に反省。誰に? 犬?
確かにあちらはびっくりしたかもしれんが、お前もびっくりしただろう。転んで蹴られたのだ。
なんて冗談はさておき、今の話のどこにお前がそうなるところがあっただろうか。
「やっちゃん本当は苦しいはずなのに、あたしがこんなバカやったから心配しなきゃいけなくて、あたしがこんな……」
白坂の目線が下がっていく。
俺の胸元から、多分自身の膝へ。
「本当はあたしの心配してる場合じゃないんだよ、そんな余裕なんかないんだよ。なのにあたしのせいで……。あたしがちゃんと、あたしが……」
腿の上にある二つの拳がスカートの裾を握った。
白坂の小さな肩が、頭が揺れている。
まさか泣いて――
「あたしがもっと、もっと受け身がうまかったら」
「……」
俺がいまいち白坂の真剣っぷりについていけないのはコイツにもちょっとは責任があると思う。
そんな震えた声で、悔しそうに拳を握って。
反省点が受け身とは。
――――――――
お読みいただきありがとうございます。
放課後シリーズで莉子の出番ほぼなかったからか、ずっといますね。
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