第26話:未経験な者たちの集まり


 確か三色丼の中身は鶏そぼろ・炒り卵・ほうれん草だったように記憶しているが、あんな量の米を残して上だけをすべて平らげられるものなのか。

 俺には無理だ。


「んー、喉乾いた」


 だろうな。


「喉に残る塩分。お米がすすむねぇ」


 その台詞はお供ありきで出てくるものでは。

 喉に残る塩分ってなによ。その理論ですすむ米の限界はすぐそこだ。


「どうしたのやっちゃん。そんなに見つめて~」


 そりゃあ不思議でしゃーないんだろ。

 美味そうに米だけをはぐはぐ頬張る姿は俺でも思わず眺めてしまったからな。

 アイツの米には特別な味付けがされているのか?


 智也がスッとチキン南蛮がのった皿を白坂へ差し出せば、まるでハムスターのように頬を膨らませた白坂はどんぶりをこちらに見せた。

 すごい。米一粒残さず食いやがった。

 もぐもぐ、ごっくん。白坂の頬が通常になると、やっちゃん――もとい、山崎さんが言う。


「……聞いてくれるの?」

「えっ! うん、当たり前じゃん!」

「で、でも他人のそういう話ってさ、つまんないじゃん」

「そんなことないよ~」

「莉子、恋愛バラエティ的なの好きじゃないし」

「え、見ず知らずな人の恋愛観とかクソどうでもいいだけだが」


 急に辛辣。だがそれには俺も同意。


「やっちゃんのは聞くに決まってんじゃん! 友達の嬉しいことはあたしも嬉しい!」


 こんな言葉が嘘っぽく聞こえないのは、さすが白坂というべきか。



 *



「――で、ナンパされて」

「へぇっ! やっちゃんに目をつけるとは彼氏さんいい目してんね!」


 さて。白坂のいうところの「見ず知らずな人の恋愛観とかクソどうでもいい」が目の前で繰り広げられているわけだが。

 もう食い終わったし退席しよう。

 背もたれから上体を起こすと、気付いたらしい智也が椅子の脚ごと俺の右足に自身の足をひっかけて止めにきた。まだ食べ終わっていない俺を置いていくなと言いたいのだろう。

 知らん。えぇい離せ。


「……あ、のさ、比永くん」


 俺と足の引っ張り合い(物理)をしている智也に声がかかる。

 爽やかな笑みを向けつつ足は解かせないとは。ヤツめ、本気である。

 あまりに抵抗するのは無駄なエネルギー消費だ。やめよう。


「比永くんってモテる、でしょ」

「……。え、っと、俺はどう答えたらいいのかな」

「あ、ごめん」


 智也が困ったように笑顔を歪めると山崎さんはハッとしたように詫びる。

 そして「初対面で聞くのはどうかとは思うんだけど」と前置きをした。


「でもちょっと教えてほしい、というか」

「うん。俺に分かることなら」

「あの、さ」


 一呼吸おいて。元々しゃんとしていた背筋を更に伸ばして彼女は言う。


「比永くんは彼女とどれくらい付き合ったら、次の段階へいく?」


 おおっと。まさかの質問だ。


「エッ! やっちゃん……、そ、それはアレかい。ちょっと、あの、えちちな……」


 白坂は体を反らせたかと思うとテーブルに身を乗り出して少々声を潜めた。

 対し山崎さんの表情は、さすがクールと呼ばれているだけはあるな。特に崩れることもなく……。

 と思ったがそんなこともないようだ。少し恥ずかしそうに見えるような。


「えーっ、と山崎さんは進みたいんだ?」

「あ、ううん。逆」

「逆?」

「したくないの」


 別に彼女はおかしな発言などしていない。

 なのに空気が気まずいものになった。

 白坂に変化はないようだがこちら、男子側に流れる空気は明らかに変わった。


 ただでさえアレな話題。そこに「したくない」とくれば、それはちょっと、ズシンと重たい。

 食後のデザート気分では無理よ。


 やっぱり退席するべきだった。

 何も喋らずともこの場にいるだけで俺のエネルギーは失われていっているような気がする。


「でも、男の人って、したいんでしょ」

「……」


 苦笑を浮かべた智也は俺を見た。

 助けろと言いたいのか? 無理だ。がんばれ。


「そうなのかい? 瀬名くんも?」


 白坂てめぇこっちに振るな。

 うっかり目が合ってしまって顔を右へ逸らせば、どうしようかと智也が小さく首を傾けてくる。


 素直に答えるならそんなもん、イエスだ。

 だが山崎さんの問いに対してはそう言えまい。

 何せ相手ありきでそういう欲望を抱いた経験がないからな。


 単純な「したい」「したくない」の話であれば「そりゃまぁ」と頷けるだろうが、山崎さんの言う男の人とは彼女がいる男の人なわけだろう?

 特定の人物への欲情? わかりません。


「付き合ってどれくらいなの?」

「もうすぐ一か月」


 智也、お前ってやつは。

 何故掘り下げるのか。


「相手にはその、伝えてるの?」

「うん。待つよって言われた」

「なら、まぁ、焦る必要はないんじゃないかな」

「てかまだ一か月でしょ? そんなスピーディーなの? 皆そんなサクサク進むの?」


 慎重に。当たり障りのない返答をした智也に続いたのは白坂だ。おはぎを食べながら、俺が勝手に感じていた気まずい空気をぶち破る。

 ……え、待て。

 おはぎを食べながら? え。おはぎ?


「私も分かんないんだよね。でもあっちは大学生だし、経験ありだしでさ」

「経験あるなら余計余裕持ってほしいっス! つかチューはしたんだし、それだけでも十分進んでるなぁって思うよ!」


 ふんすふんすと鼻息荒く白坂が言えば、山崎さんの表情がぴしぃっと硬直した。


「……な、なんで、莉子知ってるの」

「え?」

「私言ってないよね、その、き、キスした、って。まさかあれも見て、たの?」

「ややや、見てない見てない。え、なんのこと? へぇ、チューはもうしたのカァ!」


 白坂よ、それは無理である。

 口いっぱいにおはぎを詰め込んでノーコメントスタイルで乗り切ろうとしているようだが、それもまた無駄なあがきだろう。



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