第25話:とある昼休み
***
六月もそろそろ終わる、とある昼休み。智也と食堂へ来た。
「でねっ、歌うまいし声も可愛いんだよぉ」
「ちょっと莉子。やめて」
「喋ってる声が既に可愛いよね」
「さすが比永くん、わかってるじゃないか!」
「比永くん、悪乗りしないでくれる?」
ここに着いた時は確かに二人だった。
いつもと変わらぬ昼食の時間のはずだった。
なのに今。日替わり定食(生姜焼き)を頬張る俺の前には白坂がいる。ちなみにヤツは三色丼。
いや、まぁ、いいのだけど。
隣だろうと前方だろうと、どこにいようと。俺に関わらないのであれば問題はない。
食堂だ。誰かしらと相席になることもあるさ。
このテーブルには四人いる。
俺の隣でチキン南蛮を食べる智也の前方、小さな弁当箱持参の女子は白坂の友人だ。
やっちゃん。交換日記で見ていた名である。
頬にかかる横髪を耳裏へ流し、淡々とした口調の彼女は、なるほどクールであった。
確かに二人が言うように可愛らしい……というか、甘めの声をしているが、容姿も口調も雰囲気も全体的に涼し気だ。
スッキリとした輪郭。横長で目尻がほんのり吊り上がった目。
口元に添えられた柔らかな笑みは落ち着いた印象を与える。隣がアレだから余計に。
さて。何故こんな顔ぶれで昼食と相成ったのか。
俺は券売機で食券を買い、列に並び、定食を手にした。
先に席を取りに行った智也がいたのは食堂の奥に入ったところ、窓際のテーブル席。
なかなかいい場所じゃないかと向かえば、そこにこの二名がいたのだ。
別の席を、と辺りを見回したその一瞬では見つけられず、俺は智也の隣に座った。
出来立ての食事を冷ますのはとても、とても嫌だったからな。
三人の会話は食堂にいるその他大勢のお喋りと同じ。ただのBGMだと思えばどうだっていい。
ずずっと味噌汁を啜り、皿の上を見る。
俺は特別、食べることが趣味だとかではないが、それでもこだわりのようなものはあって。
米とおかずはバランスよく食べたいのだ。
終盤に米が大量に残っていますなんて事態は悲しい気分になってしまう。すまんな、相方はもういないんだ。そんな詫びをしたくなる。
ふむ。なかなかいい具合だ。さて先に付け合わせのキャベツをやっつけてしまおうか。
そんなことを考えていた時だった。
「あの、さ。莉子から聞いたんだけど、二人も私のその。……見たんだよね」
その言葉は俺にも向けられているように聞こえて、そろりと顔をあげる。
彼女は視線を自身の弁当箱へ置いて、細い指で前髪を撫でていた。まるで表情を見られないようにしているみたいだ。
二人も見た? 白坂から聞いた?
なんのことだ。
はてと首を傾げながら隣の智也、前方の白坂、そして黒髪のショートカットへ視線を滑らせて、記憶がよみがえった。
……あぁ、あん時のか。そういえばアレ『やっちゃん』だったな。あぁそうそう、あの大学生のね。
ハイハイ。思い出した。
「あのね、実はやっちゃんね」
「莉子、自分で言うからいいよ」
なんだなんだ。別れでもしたか。
いや、そんな報告など無用だしあちらもそんな義理はないだろう。ならば、
「あの時のこと、誰にも言わないでくれませんか」
やはり口止めか。
「莉子から二人なら大丈夫だよって聞いてたんだけど、それでもお願いしたくて」
「うん、誰にも言わないよ。安心して」
にこりと微笑みを向ける智也に二人の女子は安堵の表情を浮かべ、そして俺へ目を向けてくる。
なんだ、オマエも言えよってか。
こくんと頷いておく。そしてそのまま頭をあげずに俺は食事へ戻った。
「ごめん、初対面で失礼だよね。でもあまり知られたくないの」
じゃあ落ち合う場所は選ぶべきだな。
「あたしも口堅いから安心してね!」
確かにコイツは俺の苦手なものを智也にまで隠そうとしてくれている節があるからな。
口というか義理堅いのだろう。
「白坂さん以外の友達は知らないの?」
「うん、私そういう話あんまりしないから」
「そういえばやっちゃんの恋バナとか聞いたことないかも」
「や、だってなんか……、恥ずかしいでしょ」
俺の視線は相変わらず食事にしか向いていなかったが、前方でガタッと前のめりになった気配がして前髪の隙間から窺う。
テーブルに肘を置いて上体を隣へ寄せた白坂の真顔が見えた。何で真顔。
「ちょっと、どうしても顔がニヤけちゃう、し」
「待って。無理、可愛い。破裂する」
真顔で真剣に真っ直ぐ言う白坂に俺は思ってしまった。まじで破裂するんじゃなかろうかと。
「やっちゃんが言いたくないことは聞き出したりしないよ、もちろん誰にも言わない! 約束!」
「……うん、ありがと」
だが当たり前に破裂はせず、白坂はパッといつもの調子に戻った。ホッ。
「でもノロけは聞くよ~? 本当は言いたいんでしょ~」
「……」
「やっちゃんウズウズしてるの伝わってます」
「え、うそ」
「あたしまでウズウズしちゃって、ほら見て。三色丼なのに一色しか残ってない」
ほらの意味。
白坂がどんぶりの中を三方向へ向ける。俺の見間違いでなければ米しかないような。
お前それを一色に入れるなら食べていたのは四色丼になるぞ。
「白坂さん、これあげるよ」
「大丈夫、心配はご無用だよ! あたしその匂いだけでお米いけっからね」
俺らが辛いわ。
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