第24話:憶う放課後


「今のちづにしては意外な行動だね」

「……」

「でも、らしいよね。ちょっと懐かしいな」

「……そうかい」


 含みを持たせた言い方だが、智也の言わんとしていることは伝わった。

 きっとコイツは、今より少しアクティブだった数年前の俺を思い出しているのだろう。

 だが多分、俺の記憶とコイツの記憶では違う俺が存在していると思う。

 コイツは俺のことを美化しているからな。

 まぁ、人の記憶なんてのはそんなものか。俺もそういう部分があるに違いない。

 例えば――はちょっと思いつかないけども、きっとあるさ。


「でも意外と言えば」

「うん?」

「ちづが傘貸したのはちょっと意外だったよ」

「何を言う。俺らしい判断だろ」


 家の距離はお前の方が遠いんだ。俺はお前に入れてもらえばいいし、実に合理的である。


「てっきりお前のを貸せとか言われると思ったんだけど」

「お前が貸したら俺はお前を家まで送るか、もしくは傘を貸さにゃならんだろ」

「うん。そうだね、ご面倒おかけします」

「あぁ、そんな面倒嫌だね」

「えぇ?」


 こっくり。深く頷く俺に智也はへらりと笑った。

 コイツは俺の真意を全く汲んでいない。またまたぁと言うが意味を分かっていない。


 智也に過去数回、傘を貸したことがある。

 うちで遊んだ帰り雨が降り出した時とか、曇りのち雨予報に対し「降らない!」と謎の自信で気象予報士に勝負を挑んだ時とかな。

 いやそれは全然いい。問題はその後。

 コイツときたら、大体返却してくるのは雨の日なのだ。あ、と思い出すんだろう。

 そして自分の傘を忘れるんだ、コイツは。


 返しまーす。貸してー。この繰り返し。

 いやもうほんと、どうでもいいんだ。返ってこなくても智也だし別にいい。

 どうしても必要であれば取りに行くし。

 だが分かっている面倒は避けたいじゃないか。



 *



「ちづ、ほら」

「……」

「もうちょっとこっちにおいで」

「……きっもちわりぃ台詞を吐くな」

「えぇ~?」


 二人で一本の傘に入るのはいつぶりか。

 小学生以来かもしれない。

 あの頃は肩組んで水溜りに飛び込んだりして。

 傘をさしているのに気が付けばびしょびしょで、よく親に怒鳴られたりしたもんだ。


「もっと言い方考えられんのか」

「照れるな照れるな」

「まじで吐きそう。お前のバッグ寄越せ」

「ちょっ引っ張んないで! 濡れるじゃん! 吐くならそこら辺にして! この雨が流してくれる!」

「俺は地球に優しい男なんだ」

「さすが省エネ男!」


 ぎゃあぎゃあと騒がしく雨の中を進む。

 小学生の頃みたいに智也の顔はくっしゃくしゃな笑顔で。それは多分俺もで。

 だけどやっぱりあの頃とは違う。

 背丈も声も。

 俺らはもう水溜りに飛び込んだりしないし、足で水の掛け合いもしない。


 ふと思った。

 なぁ智也。お前、もしかして結構しんどい思いしてきたのか? と。


 かつてのクラスメイトは智也を羨んだ。イケメンはいいなと。モテてみたいと。

 俺はそこに同意しない。寧ろ大変そうだと思っていたから。

 だけど俺は真剣に智也の苦労なんてのを考えたことがあっただろうか。


 不特定多数に一方的に知られている。

 好意を寄せられる。

 それは俺が考えるよりも遥かにしんどいことなのではないのか?


 今回のように陰で何かされたこともあるのではないか。悪意ではなく好意だからと、きっと当人は正当性を持って。

 真正面からぶつかってきたのなら答えなくてはならない。応えられない答えを求められた瞬間、それは相手を傷つけることを背負わされるわけで。


 人気のある人間ってのは、俺には想像もできないほどの心労があるのかもしれない。

 そんなことを思った。



 ***




 6月13日(火)


 今日はかさありがとうございました!

 おかげで全然ぬれずに帰れたよ~!

 二人は大丈夫だった?


 ちょっとせなくんのまねっこしまーす。

 何を書いたでしょーか!




「……こっわ」


 灰色のペンで描かれた化け物に思わず声が出た。

 これは爪か? 異常な長さで己の体突き刺してっけど。自分大切にして。


 ふむと考える。多分これはアレだ、トト〇さん。

 頭と思わしきところに生えた耳っぽいもの、その接続部がギザギザだし腹らしきものに模様がある。

 これは推理だ。だって全く似ていない。

 こわ……。口裂けてない? 確かに彼(?)は大きなお口してますけど。何で赤のペン使うかね。もはや誰か食ったように見えるわ。こわ。


 朝、白坂は俺の机にノートを置いて「傘ちゃんと返してくれてた!」と嬉しそうに報告してきた。

 あの笑顔の下、既にこの化け物が存在していたのかと思うとちょっとしたホラーである。

 これを見た後で思い返すとヤツの満面の笑みは猟奇的なものに印象操作されるな。



 とりあえず答えを書いて翌日提出した。

 正解だったようだ。はなまるされてたよ。





 さて、これは後日談である。

 白坂が傘を返却してきた。


 が。


「瀬名くん……」

「……」

「あ、のぉ、とっても、とっても言いづらいんですがぁ……」


 何故なのか。今朝の予報で午後から雨だと言っていたというのに。


「途中まではね誰かに入れてもらえるからいいんだけど! でもあたしんちの方向の友達いないし! あの、それで!」

「いいよいいよ、白坂さん。持っていきなよ~」


 何故お前が許可する。


「ちづは優しいから大丈夫!」

「まじでごめんね、ありがとう!」

「ていうか、実は俺もこのパターンやったことあるんだよね、一回。そん時も全然怒ってなかったし」


 おい。さらっと記憶捏造してんじゃねぇぞ。

 俺が覚えている限り三回はしてっからな。

 言っておくがきちんと俺が自宅へ持ち帰った時点で一とカウントしてだぞ。


「そうなの? 比永くんもやっちゃったのかぁ! だよねぇ、傘二本持とうってなんないよね!」

「雨降るんだって思ったら、あ、返さなきゃってなるよね」

「そうそう! そしたらそっちにしか頭いかないよね!」



 俺の傘が白坂から無事に返ってきたのは更にそれから数日が必要となったことは言うまでもない。
















――――――――


 お読みいただきありがとうございます。

 放課後シリーズ、完でございます!

 そしてそして本日、今作開始から二か月でございます~!

 当初からお付き合いいただいてる方々はお分かりかと思いますが、ここまで続けられたのは皆さまのおかげです。


 作品フォロー・☆評価・レビュー・応援・コメント、たくさんいただきました。その度に頑張ろうといっぱいのやる気をいただけました。

 本当にありがとうございました!


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