第21話:質す放課後
イライラした様子で髪を搔くと、その手を腰に当てゆらゆらと揺らし始めた。
きっとまたシャツを掴んでいるのだろう。
最初に認識した時は俺と同じ、この雨にげんなりさんかと思っていたんだがな。やれやれだ。
「電話中すみません」
そう声をかけると背中が振り返る。
切れ長の目を微かに大きくさせた後、「ごめん、後で」と通話を終了した。
「先輩、質問いいですか」
スラックスのポケットにスマホを突っ込み改めて上体をこちらに向けた彼は、俺と智也を見てから視線を地面に落とした。
硬そうな短い髪が微かに揺れる。身長は俺より少し低いくらいだろうが、より小さく見えるのは姿勢のせいか、もしくは彼の心境を邪推しているせいでそう感じるだけなのか。
ちなみに先輩と言ったが俺はこの人を知らない。三年の靴箱にいるからそう口にしただけだ。
二年の可能性はあるが一年ということはないだろう。制服もすっかり体に馴染んでいるし、鞄もしっかり使い込まれている。
ファーストコンタクトは大事だ。
くだらんところに怒りや不快を感じてほしくはない。興奮でもされたら話にならないだろ。
そんなのはごめんである。
「……質問? なに?」
彼の目が地面から俺へ向けられる。
胸元辺りを見ているようで視線は合わなかった。
「先輩、外に出ましたか」
「……は?」
「あ、放課後になってからなんですけど」
「……出てないけど」
「出てませんか? 本当に?」
同じ問いを二度したのはわざとだ。
しっかりと答えてほしいからな。
多少の自信はもっているが証拠を持っていない以上、彼からそれを引き出さねば俺がしていることは全て無駄に終わる。
慎重に。だが迅速に、だ。
「出てない!」
おお。いやはや。
想定以上の返しをしてくれたな。
彼が電話中、外を気にしているのは見ていた。
いざ自分が外に出てその対象が空模様でないことはすぐに分かった。
あの女子らのようにしっかりと視線を向けてはこなかったが、ちらちらと様子を窺っていた彼は俺らの存在も認識しているはずで。
そんな俺らに声をかけられたのだ。
思っているのではないか?
バレた? と。
俺の質問を勝手に深読みしてくれているだろうから、彼の中にあるであろうやましい部分を刺激してやれば、話はつけやすくなる。
なのでこの反応は俺としては早く事が進みそうで嬉しい限りなんだが、隣の列にいる女子がこの状況に気付くかもしれないと思うと、ため息が出た。
あまり大事にはしたくないんだが。もう少し優しく扱ってやらねばならないのだろうか。
これ以上? 面倒だな。
「失礼しました。制服が濡れているのでてっきり外に出たのかと」
「は?」
「あぁでも、外に出て濡れるならそこではなく頭とかですよね」
先ほどから何度もパタパタと揺らしているそこ、腹部に人差し指を向ける。
中に着たTシャツが透けて見えていたのは、制服が薄いからでも、青があまりに濃いからでもない。
単純に濡れているからだ。
「あ、本当だ。お腹冷えちゃう」
俺の背後から顔を出して智也は眉を寄せた。その表情からは心配する気持ちが読み取れたが、コイツがこんな状態でいられるのは長くないだろうな。
「と、トイレ、そう、トイレ行ったから。ここで拭いたのか、も。うん、拭いた」
「そうですか。俺はてっきり使用済みの傘でも抱きしめていたのかと思いましたが」
間髪入れず言えば「え」と声が二重で聞こえた。
俺以外の二人が発したものだが、その一文字に込められた気持ちは違うだろう。
智也は俺の背後から隣へ移動してぽつり、「使用済み……?」と呟き腕を組む。
俺らが並んだことで、彼は扉への最短距離の道を塞がれてしまった。
トイレでどんだけの水を使えばそこまで濡れるのかと言いたいところだが、俺はこの人と長々話すつもりはない。
論破や討論会なども勿論しない。問いに答えがあればそれで十分だ。「ところで」と前置きをし、
「あそこにあるのはどうするつもりですか」
「は……?」
目線を靴箱の奥、校舎側へ向ける。
「そ、そんなこと聞かれても。知らないよ」
トイレ云々同様、突っ込みたくなる発言をする人だな。だが我慢しよう。
「あそこに置いたの先輩ですよね」
「は、はぁ? なんで」
「違いましたか?」
「ち、違うだろ。なんで俺が……。つか俺傘持ってるし、ほら、これ。意味わかんねぇ」
良かった。この人は俺の想定よりとても素直な人らしい。実に助かるよ。
そして俺の隣には更に素直な人間がいる。
「傘……って、え? ちづが言ってるのって、もしかして、白坂さんの?」
感じた疑問を素直に問う智也の言葉を、彼は数秒かけて自身の中で咀嚼したのだろう。
ハッと、まさにハッと目と口を大きくした。
「え、あそこって? どこにあるの?」
そうだ。コイツの反応こそ正しい。
彼の言うように本当に知らないのであればそもそも「あそこ」が指す場所すら分からない。
「先輩。俺は傘なんて言ってませんよ」
俺の言葉に「あっ!」と声をあげたのは智也だった。
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