第20話:長い放課後
「おおっでっかい! 男子って感じ!」
傘を開いた白坂は「空飛べちゃうよ!」と大いに喜んでいた。飛べないよ。
「あたしの傘小さいから余計大きく感じる!」
「そうなんだ?」
「うん、間違えてさぁ、小学生ん時の持ってきちゃって」
小学生ん時の。
「え、それってめちゃくちゃ小さいんじゃ」
「そうなのそうなの! あたしって大きくなったんだなぁって嬉しかったよね」
ポジティブ。
「やっば。これ微塵も濡れないのでは」
「白坂さんの持ってきたやつよりは濡れないね」
持ってきた傘は小学生時代のもので、帰りは鞄を忘れる。白坂という人間はやはり、なかなかに想定外である。
――だが、そうか。だったらアレは相当な異物だ。
俺の考えが正しかった場合相手次第ではあるが、うまく運べば詰める材料になるか?
とにかく、だ。何にせよ、白坂を早く帰らせなければ。
傘を受け取ってもう何分経った。一分二分程度だとは思うのだけど。体感ではかなり長い気がする。
傘を堪能するのは歩き出してからにしてくれ。
「あたしの全てを守ってくれている……」
「足元は守備範囲外だから暴れちゃ駄目だよ」
「あーね、傘ってそういうとこあるよねー」
智也が傘を開こうと留め具を外したのが見えて、その手をぐいっと引っ張る。
振り返る智也の顔は「え」と言わんばかりだ。いや、言ったかもしれん。
俺は首を横に振った。
傘がないんでな。お前は帰られると困る。
「ちづ? どしたの」
「アイツ帰して」
「どういうこと?」
「いいから」
釈然としないのは分かるんだが、白坂がここにいては動けないんだ。悪いな。
*
智也が「忘れ物思い出して」と言って、ようやく白坂は「じゃあお先に」と歩き出した。
途中振り返った白坂は「本当にありがとーう!」と叫んで、智也はニコニコ、俺はとりあえずで手を振った。すごい、この雨音に負けないとは。
傘捜索隊の彼がバタバタと出て行く。白坂はあっという間に抜かれた。
「で、どうしたのさ」
「んー、いや、ちょっとな」
付き合わせてしまっている以上説明はしなくては、と思うんだが、確定ではないものをどう説明すればいいのやら。
ただの妄想なんだが、と前置きをしてもこんな話をすればコイツは爆発し兼ねない。
それにそんな時間もないしな。
「あっ、分かった!」
智也はパチンと指を鳴らした。
実にいい笑顔だがそれは不正解だな。お前が分かっていないことを俺は分かっている。
「白坂さんの傘探してあげるとか!?」
「いや、そんなことはしない」
「間違えて持っていかれたって言ってたけどさ、そんなわけないもんね。だって小学生用の傘は間違えないよ。持った時の違和感は無視できないって」
「聞けよ」
まぁ、お前の言う通り間違えることは難しいだろうな。さすがにな。白坂くらいだと思うよ。
さて。これだけ距離が空けばもういいだろう。
扉に手をかけ残っている顔ぶれを確認する。
おお、あちらもこっちを気にしていたか。うっかり目が合ってしまった。
「お、いきますか!」
「お前はそこで待ってろ」
「えー、何でぇ。俺も探すよ」
「だから探さないんだって」
智也、お前は俺をよく分かっていると思っていたんだがな。実に残念だよ。
本人が探しても見つからないものを本人不在で探すと本気で思っているのか? 俺が?
理由もなければそんなエネルギーもない。もう放課後なんだぞ。
というかだな。
「もう見つけてある」
「……えっ!? 傘!?」
「あぁ」
扉を開ければ智也は黙った。
その沈黙にどんな意味があるかは分からない。どういうこと? と頭を捻っている最中なのかもな。
もしくは空気を読んだのか。助かるね。
女子は相変わらずお喋りをしていたが、どうやらお開きとなりそうな雰囲気だ。足元にあった鞄をそれぞれが手にしている。
そして電話男子も相変わらず、まだ通話中だ。
「……ちづ?」
俺の足が向くのは左端、三年の靴箱。
特に忍び足というわけではないが俺が向かっていることに目的の人物は気付いていない。
さっき目が合ったのはてっきり警戒でもしてんのかと思ったんだが、そういうわけではなかったんだな。こっちに背中を向けてお話に夢中よ。
ちなみに俺の後ろをついてくる智也は抜き足差し足忍び足である。いいよ、普通に歩きな。
「――……めだった。うん、うん。いや、もうまじそれな。うぜぇんだけどあいつら」
おやおや、穏やかでないね。
それは俺らのことでいいんだろうか。となるとますます俺の考えはそうなってしまうんだが。
何の気なしに見ていたものを結びつけるには情報が少なすぎる。
だが頭の中で結びつけば、微かにあった「ん?」の正体はそうなのではないかと思う。
違和感というほど大きくなかったのに、そう見えてしまえば違和感となってしまう。結果、やっぱりそうだよな、と自分勝手に解釈が進む。
俺の推測に証拠はない。
だから俺が間違いであれば素直に謝るさ。
それはきちんとな。
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