第22話:正す放課後
隣の智也は右、前、右、前と何度も首を振る。
無言で俺と彼の顔を見ている。
声はないがうるさい。気配がうるさい。
彼は「いや、そうじゃなくて」と言った後、もごもごと口を動かしやがて押し黙った。
これがドラマであればガクンと膝でもついて犯人の自供でフィナーレなんだがな。
現実はそういかないらしい。
「……。いや、ちょっと、もう帰るんで」
この流れでよく言えたな。
誤魔化す言葉も浮かばないのか。
だがまだ早い。ここにいてもらわねば。
この人の帰る方向は分からないが、もしかしたら出くわすかもしれない。追いかける可能性もある。
その危険性を知っていて見逃すのは、気分が良くないね。
「目撃者」
足元の鞄と傘に伸ばした彼の手は、俺の短い言葉にピタと止まった。
「あっちに三十分ほど滞在している生徒がいます」
「……」
「聞いてみましょうか、あそこにあの傘を置いたのは誰か」
「……」
「あ、ちなみに女子が三人います。大騒ぎしてくれますね」
もはや彼にカマをかける意味も必要もない。
だが俺はそう、試すように言った。
口角まで上げて。
我ながら厭味ったらしいと思う。
彼女らにインタビューなどする気は全くない。
俺の苦手は関係していないぞ。
仮に、本当に彼女らが目撃していたとして、その可能性を俺が見つけてしまったとしても。俺が(インタビュアーは智也かもしれないが)聞き出すことはない。
足止めをしたいだけの嘘だ。
使えるものは使うべきである。
「……」
地面へ伸ばした手はそのまま、顔をこちらに向けた彼の眉がピクピクと数回動く。微かに開いた口の上下を噛みしめると、ゆっくり姿勢を正した。
そんな彼を見ていたのは俺だけではない。
智也は頬を搔きながら引きつった笑顔を見せた。
「え、と……。ちづ、まじで言ってる?」
「何がだ」
「だから、あのー、この人が白坂さんの傘を泥棒したんでしょ?」
入りこそ躊躇っていたくせにハッキリと智也が言えば、それに返事をするのは勿論俺ではなく、
「違う! 泥棒なんかしてない! 俺は、その、そういうんじゃなくて……」
モロバレだったが自分の口で白状する気になったらしい。諦めたということだな。
俺は随分前から言っていただろう、諦めたらどうだと。あの時点でそうしていればこんな状況は生まれていないのに。
……あぁ、これは思っただけだったな。
動機や思惑の見当はついている。
その通りであれば智也は興奮するだろう。
コイツはなぁ、爽やかな見た目とは対照的に、少々ねちっこい物言いをするからなぁ。……そうなる前に止めなくてはならんだろうな。
いや、どうやって? そうなった時のコイツときたら俺の声なんて聞こえないんだ。
「ただ俺は……、一緒に帰る口実を」
「え、気持ち悪い」
ねちっこい物言いもそうだが、そういえば智也は素直なんだった。反応の速さよ。
「傘ないなら俺と一緒にどう? ってことですか?」
「……う、ん、まぁ」
「え、気持ち悪い」
二回も言った。
自分から聞いといて改めて言った。
「白坂さんとはちゃんと面識あるんですか?」
「……ない、けど」
「え、気持ち悪い。無理」
三回目。そろそろやめてやれ。「智也」と声をかけてみるも、走り出したヤツは止まらない。
「白坂さんのこと好きってことですよね」
「……」
「え、好意がある相手のモノ盗んで? 助けてあげようという自作自演? え、無理なんだけど。理解が全くできないんだけど。どういうことですか、どういった経緯でそんなん思いつくんですか」
「……」
「え、てか既にしでかしてるくせに何で声もかけないでここで電話してたんですか? もじもじするのはやらかす前に済ませてほしいんですけど」
「そ、それは」
「え、勇気が出なぁいとかそういう感じですか? いや、知らんけど」
どうでもいいが、その「え」を挟むのをやめないか。ここまでなんとか穏便にきたというのに、怒りと羞恥心を煽ってしまっては騒ぎになるかもしれんだろうが。
俺ら三人しかいなければそれでも構わないが、まだいるんだ。さっき見た時は帰りそうな雰囲気だったくせにすっごい爆笑してんだ。
つか笑い過ぎて一人むせてんぞ。大丈夫?
あまりにも隣が盛り上がっているからか一瞬間が空いて、俺は一歩、智也の前に出た。
「先輩。俺が言いたいのはひとつです」
「うんうん、ちづも言ってやって」
「傘を返してください」
「は……」
「え、ちづ?」
これ以上長居は無用だろう。
まだそこら辺を白坂がうろちょろしているのであれば、もうお手上げだ。
そもそも俺は説教や責める気など端からない。
「それで終わりです。俺は白坂にも誰にも言わない。アイツは誰かが間違えたと思ってます、戻せばそれが真実になりますから」
彼が白坂の傘をどうするつもりか。俺には分からない。
そのままにしておくならそれでいいが、もし持ち帰ろうとかどこかに捨てようとか、何らかするつもりであればそれはやめてもらいたい。
「……なんで」
「はい?」
「それで終わりって、じゃあ何でわざわざ俺に詰めてきてんだよ……。意味わかんねぇんだけど……」
ぽつりぽつりと言う彼の目は俺を見ているが、ふらふらと、情けなく頼りなく彷徨っている。
それをじっと見据えた。
「先輩に知っててほしかったんですよ」
「おれに……? なにを」
「先輩がしたこと、知ってる奴がいるぞってことをです」
彷徨っていた視線が固まる。
最後の最後でしっかりと目が合った。
「脅迫です、単なる」
目の奥が震えたのは見なかったことにしよう。
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