第17話:似ているふたり
白坂は俺らの背後に下がると、左手で智也のシャツを掴み俺の真横に並ばせた。
正門側から見れば男二人がいるだけ。あちらが白坂に気付くことはまぁないだろう。
構わず俺は進みたいところだが、シャツを掴まれた智也は俺の肩を掴んでいる。
白坂の頭なり顔面なりにぶつかる可能性があるから振り払うのはやめた。
しかし、何故立ち止まる必要が?
見つかりたくないのなら移動すればいいだろ。
俺らの間から正門をじぃぃっと見る白坂のつむじに小さく息を漏らした。
まさかこの状態でずっとアレを見ているつもりではあるまいな。これは覗き行為です。
「ギャッ、手ぇ繋いでる……!」
「大学生かな、私服だし」
「えっ、大人じゃん」
大学生を大人だと思えるのか、高校二年生。
そういや中学生時代、高校生を見て大人だと思ったっけ。
何なんだろうな、大した年齢差もないはずなのに、とんでもなく大人に見えた。
なのに本当の大人にはそんな感情を持たなかったのだから不思議だ。
「どうしよう、もう見ちゃダメだ! これ以上は失礼が過ぎる、回れ右しよう。一斉に」
何で一斉よ。俺らまで巻き込むな。
どうでもいいが、その言葉が本心であるのならまずはその前傾姿勢を正したらどうだ。
腕にお前の髪が当たってこそばゆい。ちょっと前であれば気にならない程度の刺激だが、半袖となった今は地味に気になる。痒い。
「あ、でも出てくよ。わ、車でお迎えだ」
「チューとかしちゃうかもしんない。もうあたしゃ見てられないよ……」
見なきゃいいよ。
「えー? 車乗るまでの距離でするかなぁ」
「車乗るまでの距離で手を繋ぐんですもの、ありえなくはない」
「さすがに彼女の学校のそばではしないん……」
したな。
「……えっ、するの?」
したな。智也、フリーズである。
白坂は「見ちゃった」と頭を引っ込めた。今更。
ここからは顔と顔が重なったということしか分からなかった。
男が体を屈めて女に顔を近付けただけ。何かしらのパーツが触れた目撃はできていない。
ということは手を繋いだ男女が足を止めて向かい合い、超近距離で見つめ合っていただけかもしれないのだが。
まぁ俺もしたと思ったし。
実際してるだろうな。
「遠くで良かった。あんなの近くで見てたらまじで気まずい」
智也の手が肩からするりと離れる。
ちらと見ればその手で顔を覆い盛大に息を吐いていた。あーあー、耳真っ赤。
「あーいうの、あたしには遠い世界だなぁ……」
「俺も。想像もできない」
どうやら軽く嫌悪してるのは俺だけらしい。
外でそんなことを~なんて理由じゃない。
制服を着た状態の女子高生に辛抱溜まらんとしちゃう大学生と思しき男にだ。
しかも場所。高校から離れるまで我慢できなかったのかと。
ちょっと引くんだが。
「比永くんモテるじゃん、そういうチャンスは意外とすぐそばかもよ?」
「そっくりそのままお返しするよ」
バタンと車のドアが閉まる音が響いた。
なぁなぁ、もういいんじゃないか。
俺らも動こう。
「……あ、ごめん」
「……え? 何で謝るの?」
「あ、そうだね、ごめん」
「もしかして比永くん……、知ってる?」
顔を見合わせる二人の間に漂う空気が変化した。
だが俺には関係ない。
それより車よ。もう走ってったぞ。
「……付き合うってことはさぁ、お互いの気持ちを確認してからだよね」
「まぁ、うん、そうだよね」
「てことはさどちらかが告白するわけでしょ」
「……大体はそうだろうね」
二人の声が少々トーンダウンしている。
なんだなんだ、白坂よ。真面目に恋愛トークでも始める気か。
智也もこくこく頷いてるし。
流れでなんとなくそうなりましたってのもあんだろ。ってのはさすがに、このしっとりした空気の中では言えない。
鞄の持ち手を肩にかけ直して足を進めれば、のろりと二人も続いた。
「告白ってさ、すっごく勇気いるよね」
「そうだね」
「どういうタイミングで決意するのかな」
「イベントとか多いよね」
「自信がなくてもするのかな」
「……前ね、振られるの分かってるけど伝えたかったって子、いたよ」
「あー……ケジメ的な?」
「んー、そんな感じ、なのかな」
ケジメかぁ、と白坂が呟いて二人は黙る。
一体なんなのか。
ついさっきまでのテンションはどうした。
「恋人になるって凄いことだね。片思いとか告白とか、なんかいろいろ乗り越えた先なんだもんね」
「うん、そうだね」
「やっちゃんが大人に見えるよ」
*
白坂と俺らは正門で別れた。
方向が一緒だったらあのまましっとり恋愛談義が続いていただろうから、本当に安心した。
「白坂さん元気なかったね」
そうだなとは言えないが、お前にはそう見えたであろうことは分かる。
何か知っているんだろう?
で、お前がしょんぼりしているのは何でだ。
「どした。何かあったか?」
「んー、いや、俺じゃなくってさぁ」
「……白坂?」
「ちづも見たでしょ」
「何を」
「職員室向かってる時、中庭に白坂さんいたの」
教材運びしてる時か?
確かに職員室に向かう途中で中庭が見える場所はあるが俺は見ていない。
無心で足を動かしていたもんでな。
「あれ告白だったと思うんだよね」
「ほう」
「多分、ていうか絶対、振ったんだろうな。だからあんな疲れてたんだよ」
「……逆の可能性はないのか? 白坂が振られたかもしれんだろ」
「ないね。あの雰囲気は。どう見ても」
そーかい。
まぁ見てないから何ともなんだが。
「告白してくる方も勇気出したりね、うん、大変だとは思うけど。そうやってぶつけてくれた気持ちをさ、断るのも、結構しんどいからさ……」
なるほど。
それでお前は白坂に感情移入してしょんぼりしてんのか。
「白坂さんっていい子じゃん。だから余計さ、キツいと思うんだよね」
……アレはなぁ、そうかもな。
だが、それを分かってやれるお前も十分いい子だと、俺は思うよ。
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お読みいただきありがとうございます。
素敵なレビューをいただきまして、ちょっと遅い時間になっちゃったけど更新です!
力になりました。ありがとうございます!
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