第16話:とある放課後


 ***



 あれから数日が過ぎた。

 相変わらず交換日記は続いている。

 大体が夕食の興奮という、完全にネタ切れの交換日記はもはや何の意味があるのか分からない。

 そもそもワケワカラン状態だったのに。迷宮入りである。


 異常行動も相変わらず継続中だ。

 確認はしていないが、あの時言ったありがとうは違う意味で受け取られた気がする。

 ただ頻度と程度は落ち着いた。

 最初のような勢いは、うん、なくなったな。しれっと入ってくる感じに変化した。


 人間ってのは良くも悪くも順応していく。

 今では白坂が乱入してきたら、後は任せたよと、やり取りを見守れるまでになった。

 とはいっても俺に用がある女子ってのはそうそういないので異常行動の終わりは近いだろう。


 順応してきたとはいえ俺は変わっていない。

 受け入れた(というより放置か)のは白坂の異常行動であって、彼女とのコミュニケーションに変化はないさ。一定の距離は保ったままだ。

 俺は安寧を諦めていない。来たる席替えに夢と希望を抱いているよ。

 まだかな、席替え。



「あー、すっかり遅くなったね」

「つかれた……」


 放課後。智也と俺は運悪く担任に捕まり教材の運び屋なるものをさせられた。無論手当などはなく、ご苦労さん。で終わりだ。

 靴を履き替えながら「あの程度で疲れたの? 体力つけな」と智也が的外れなことを言ってきた。やれやれ、分かっていないな、コイツは。

 体力の問題ではないのだ。予期せぬミッションてのは命じられた時点からエネルギーが削られていくものである。


 智也が言うように遅くなってしまった。さっさと帰って回復したいところ――なのだが。


「あれ、白坂さん」

「比永くん、瀬名くんも。まだいたんだねー」


 そううまくはいかないらしい。

 白坂が現れた。


「疲れてるね」

「うん、まぁちょっとね……」


 ハァとため息を吐く白坂はなんとも珍しい。

 本当に疲れているようだ。靴を履き替えパタンと靴箱を閉めるともう一度息を吐き出した。

 明日は雨だろうか。


「あっ、ねぇ比永くん!」

「うん?」

「瀬名くんの話聞かせて~」

「ちづの話?」

「ほぉらぁ、前言ってたやつ! 陽気な彼のあんなことやこんなことだよーう」


 前言撤回。いつも通りだ。

 雨は降らない。晴天となるでしょう。


「あぁ、そういえばそんな話したね」

「ワクワク」

「えぇ、と。特に何かエピソードがあるわけではないんだけど……」


 ワクワク白坂に智也は申し訳なさそうに笑った。

 そりゃそうだ、地域清掃からどんだけ経ったと思っている。

 あの時であれば智也も盛り上がって何かしらエピソードトークをしたかもしれないが、今はそういうモードではない。こういうのはその時々のテンションやらが大事なのだ。

 残念だったな、白坂。


「改まって聞かれるとなぁ、浮かばない」

「てか二人は長いの?」

「小学校からだよ」

「えーっ、それって幼馴染ってやつじゃん! じゃあいろいろ知ってるんだねぇ」

「うん。あ、陽気エピソードじゃないけどさ、ちづってヒーローだったんだよ」


 コイツは昔から俺を過大評価し過ぎだ。

 何がヒーローなのか。


「智也」

「本当のことだもん」

「だもんじゃねぇ」

「変身」


 ん。なに、今。

 俺でも智也でもない声は白坂だ。

 見れば、「スチャッ」と効果音つけて腹の辺りを滑らせるような動きをしていた。

 ちょっと一瞬時が止まった。

 智也にもバッチリ見えていたようでぽかんと口を開けている。


「あ、ううん。そっちじゃなくてね」

「新しい顔的な方か~」


 の意味違うだろ。なんだ、方って。

 白坂の中でのヒーローは変身部隊とそいつだけで分類されているのだろうか。

 つか、白坂、キミ本当に疲れているんだね。ポージングも返しもどこか覇気がなかったよ。


「なんかお腹すいてきた~」


 おい、なんてことを。ヒーローに謝れ。


「比永くんはつぶあん派? こしあん派?」

「うーん、どっちもあんまり得意じゃないけど。つぶかなぁ。白坂さんは?」

「あたしおはぎ~」


 もうめちゃくちゃである。


 放っておこうと先に玄関を出れば、二人はすぐに追いかけてきた。

 まさかと思うがコレも一緒に帰る流れではないだろうな。

 方向が違いますように方向が違いますように。



 *



「あ、やっちゃんだ」


 そう言った白坂の視線の先にいたのは、正門へ向かう途中のベンチに座る女子生徒。

 彼女の交友関係を俺が知るはずもないがその名前は聞き覚えがあった。正しくは見覚えだが。

 顔はこちらではなく手にしているスマホに向けられていて、白坂には気付いていないようだ。

 黒髪のショートカットが風に揺れている。


「おーい、や……」


 白坂が名前を呼ぼうとした同じタイミングで、やっちゃんとやらは立ち上がり正門へ走りだした。

 元気に弾むショートカット。進行方向へひらひらと手を振っている。

 正門には私服姿の男が見えた。


「あの人誰だろー」


 白坂が首を傾げれば智也は「彼氏かな?」と、同様に首を傾げた。勿論俺の首は倒れない。


「えっ、やっちゃん彼氏いるの?」


 俺らが知るわけないだろうが。


「えっえっ、どうしよう。あたし通ったらマズいよね? 隠してるのかもしんないし。えっ、どうしよう。比永くんサングラス持ってない?」


 変装するつもりか。

 制服にそんなもん逆に目立つわ。


「ごめんね、持ってない」

「そっか……」

「あれって迎えに来たとかじゃないかな。すぐ行くよ。待ってよう」


 おい待て。それは俺もか?




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