第15話:分かりやすくて分からない


 恐ろしいと言いながら楽し気。

 完璧だったのにと謎の自信と悔しさを口にしながら笑顔。

 ……分からない。

 なんでこんなニコニコしてんだ。


「てかさっ、瀬名くんってあたしのこと白坂って呼んでくれてんだね!」


 だからそんなニコニコしてんの?

 まじでこの人が分からない。


 分からんのはこの反応だけではない。

 俺は白坂の行動も、それに至る思考も推測した。できた。

 だが、だからといって何故そうなるのか理解できているわけではない。

 そうはならんだろと思うのだ。


「……なんで?」

「えっ!?」

「や、だから、なんでそんなことするのか、と」


 あまりに突然だったじゃないか。

 何がキッカケでこの人はあんな異常行動を始めたのか。


 俺の質問に白坂の笑顔はゆっくりと消えた。

 眉は八の字、アーモンドアイが揺れる。


「だって、瀬名くん息できないじゃん」

「……。ん?」

「あたし見てたもん」


 俺が息できないところを?

 えっとー、いつかな?

 そんな状態になった記憶がないのだけど。


「あたしあんま難しく考えたりできないけど、でも自分だったらどうかなって、それくらいは考えられるから」

「……」

「虫がね話しかけてきたらね、あたし泡吹く」


 それは、うん。俺も驚くな。

 腰抜かすかもしれん。


「でも虫はさ、手でペッペッてやったらどこか行くじゃん」

「……」

「けど瀬名くんはしないよね」


 俺の場合、相手は人間だからな。


「挨拶は返してるし、話しかけられたら頷いてるし、横柄な態度とかしない」

「……」


 ふと、頭の中に記憶が過った。

 やけに鮮明に思い出されたそれの前後をよくよく思い返せば、彼女が異常行動を始めたキッカケは、この時にあるのではないだろうか。

 そう、ふいに思った。


「関わりたくないならもっとやりようがあると思う」

「……」

「徹底的に無視するとか何なら怒鳴っちゃうとか」

「……」

「でも瀬名くんは自分の都合で相手に不快な気持ちにさせるようなことはしないでしょ?」


 昨日、女子がプリントの回収にきた時。

 俺はそれをどう渡した?

 コイツの前でどんな態度だった?


 思い出す景色は自分の机。

 俺はきっと俯いていて手渡すこともしなかった。


 ……その様子を、コイツはきょとんと。

 そうだ、きょとんとした顔で見ていたんだ。


「それでね思ったの」

「……」

「瀬名くん守ろうって」


 白坂から見た俺は、そんなに辛そうだったか。

 呼吸ができていないと思うほどに。


 ……いやいや。

 だからって、俺を守ろうとなるかね。


「瀬名くんは知らないかもだけど、あたし、ガアアアって突き進むとこあってさ」


 あ、知ってます。


「ちょっと考えが足りなかったかもしんない。でもね、嫌な気持ちにさせたいわけじゃないの。瀬名くんを困らせたいわけでもなくって」

「……」

「あたししか瀬名くん守れない! って思っちゃって、そしたら体が動いちゃってたっていうか。ほんともう、それだけで」

「……」

「本当、嫌がらせとか、他意はありません!」


 嫌がらせて。そんなことは思っていないから落ち着いてくれ。


 白坂の行動について考えた時、俺は割とすんなり守ろうとしているのではと辿り着いた。

 智也が言っていたような色恋沙汰なんて浮かびもしなかった。彼女が気にかけているものは俺であって俺ではなかっただろ。

 露骨に、分かりやすく、俺の前にある女子にしか向いていなかった。


 獣がいるのかと思わんばかりの鋭い眼光は、さながら母が子を守らんとしていたもの。

 ガルルと友人を監視していたのも然りだ。


 しかしそう推測していても。

 こうして話を聞いた今も。

 やっぱり何故そうなるのだとは思う。

 だがもういい。この話は「だってそう思ったから」と言われる未来しかないだろう。


 となればだ、もう解散としないか。

 どうやら下校のピークは過ぎたらしいぞ。

 生徒がまばらになった昇降口はだいぶ落ち着き、遠くで部活動に励む声もしている。

 本格的に放課後だ。

 キミは教室へ、俺は図書室へ向かおう。


 ……図書室、か。ここからはちょっと距離があるな。思わずフゥと息が出る。

 それに反応したのか、白坂の口が開いた。


「迷惑です?」

「……」

「アッ! こくんってしないで!」

「ええ……」

「瀬名くんが怖がっちゃうといけないって控えめにしたんだよ! これでもあたし考えたの!」

「……」


 まじで言ってんの?

 あれが控えめなら本気のキミは一体。


「でもそうだよね、苦手なものには敏感に反応しちゃうよね」

「……」

「あたしだって瀬名くんからすれば苦手の対象。ソウヨ、あたしは女ですもの……」


 この人はコロコロと忙しいな。

 およよじゃないのよ。


 でも、まぁ、そういうことだ。

 俺は女子が苦手で、そこには白坂も含まれる。

 なのでこの時間もいやはやなかなかにしんどいのだということを、どうか分かっていただきたい。


 さりとて、白坂の気持ちに無反応でいるというのはどうだろう。


「……あー。しら、さか」

「え、はい」


 日常的に女子と関わらなければならない場面ってのは仕方のないことで。

 だから俺は俺なりに。最低限のコミュニケーションはとろうと考えているわけで。

 誰かに助けてほしいとも、ましてや排除してほしいとも思っちゃいないさ。


 白坂の行動で何かが変わったわけではない。

 助かったなと思うこともなければ、余計なお世話だと憤るほどの被害があったわけでもない。

 ただ、彼女が俺を心配してくれていると、俺が分かっただけである。

 だから、


「……ありがとう」


 俺が返せるものはこれしかない。

 白坂の気持ちに対してだぞ。

 守ってくれてありがとうではない。決して。


「瀬名くんにお礼言われた……」

「や、でも、もう、ハイ」

「え、やめてって言いたい感じ?」

「ハイ」

「またまたぁ」


 何が?



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