第14話:ワァ。大興奮


「ちづ、帰ろー」

「んー」


 廊下へ向かう智也を確認して席を立つ。

 鞄を肩にかけながら隣の机にノートを置いた。

 その間そわそわと俺を見ていた白坂はまさにおあずけ状態の犬みたいだった。

 置いた瞬間勢いよくノートをぎゅっと手にし胸元へ引き寄せる様も、おもちゃを離さないワンコを彷彿とさせたよ。安心しろ、誰も取らんから。


 明日。どんな内容を読めるだろう。

 さすがに夕食談義はないと思う。彼女はアレで空気読める人だから。……きっと。多分。


「瀬名くん! バイバイ!」

「……。バイバイ」


 廊下に出た智也が振り返るので足を進めれば背中に白坂の声が飛ぶ。

 放課後の教室内では聞こえなかっただろうが一応返事はした。



 *



「ちづが来てくんないからバ〇オ進まない」

「ビビりのくせに何でそんな好きかね」

「失礼な。ちょっとビクッてするだけだし」

「ホラーも見たがるじゃん」

「あ、そういや夏休みに映画あるよ。見にいこ」

「やだよ」

「えー、何で何で」

「お前の世話しなきゃいけなくなるもん」


 智也は小さい頃から現在まで、ずーっとビビりである。

 ホラー、グロ、血は当然ながら駄目だし。

 びっくり箱なるものに引っ掛かった後、暫く箱というものへの不信感は半端なかった。


 それなのに見たがるのだ。

 トイレも風呂も怖くなるくせに。

 眠れなくなったコイツの相手はもれなく俺だ。何度電話で起こされたことか。


「さすがにもうそんな引きずんないからお世話はいりませーん」

「お前、バイ〇が進まんって今言ったばっかよ」

「それはそれ、これはこれー」


 普段コイツにうっとりしている女子たちはコイツの怯える姿を見たらどうなるんだろうね。ギャップ萌え? 母性本能くすぐられたりするんだろうか。

 お化け屋敷で歩けなくなった智也をおぶってゴールしたのは小学生の時だっけ。あの時一緒にいた女子は軽く引いてたな。


 懐かしい記憶に頬を緩めながら階段を降り終えると、智也が天井を見上げた。


「誰か凄い勢いで走ってない?」


 確かにバタバタと足音がしている。「廊下で全力疾走するな!」と教師らしき声もした。

 放課後は生徒を元気にするね。俺たちの時間はこれからだ的な?

 それはこちらに向かってきているようで、避けねばならないかもしれないと顔だけ振り返った。


 下校時間、大抵の生徒が昇降口へ向かう。そんなちょっとした混雑の中、俺は、


「智也、そこ曲がれ」

「え」

「その角、しゃがめ」

「えっえっ」


 多分あっちより先にその姿を見てしまった。

 その姿が何かはもうお分かりだろう。正解だよ。


 昇降口手前、真っ直ぐ進めば靴箱だが智也の背中を押して左折させた。そしてすぐにしゃがむ。

 通る生徒らにじろじろと見られるが構いやしない。


 廊下を走る音が一際近付いてすぐ遠くなる。フゥと息を吐いた。

 ヤツの目的が俺だとは限らないが、もしそうだとすればノートを読んだからだろう。

 放課後なのだ、彼女は誰かに捕まるだろうと思った。だから渡してすぐに中身確認することはないと踏んでいたのに。


 いや、だが彼女が走っていたのは別件である可能性だってある。そうでありますように。


「……今の白坂さん?」

「……」

「え、ちづを追いかけてきたの?」

「分からん」

「白坂さんと何かあったの?」

「ない」

「じゃあ何で隠れるの?」

「……本能?」

「というか、白坂さんは何で」


 質問をポンポン投げながら智也の目線は俺の後ろ、そして上の方に向いていく。


「召喚されるの?」

「見つけたっ! 瀬名くんっ!」


 こっわ。明るい声なのにぞわっとした。


 ハァハァと乱れた息が後ろからする。

 智也はしっかりその姿を見ているが俺は振り返ることなど出来ず(いや、したくないが正しい)、脳裏にゲームオーバーと赤文字が浮かんだ。


 つーか発動条件ガン無視かよ。

 俺の予想は間違いだったの?


「比永くん、あの、ちょっと瀬名くんお借りできますか」


 何故智也に許可を取る。俺の意思は。


「そういえば図書室で借りたい本あったんだった。ちょっと行ってくるよ」

「ハッ? 待っ……!」

「ちづ。先延ばしは無駄なエネルギー消費に繋がるんじゃない?」


 コイツ……。

 映画は付き合ってやるがトイレは付き添ってやんねーからな。

 その日はスマホの電源切っとく。


 すくっと立ち上がり俺の視界から消えていく智也の上履きにそんな決意をした。


 だがまぁ、うん。アイツの言う通りだ。

 俺が今白坂から逃げたいのはただただ面倒だからで。もう一日は終わったと思っていたからなお一層面倒だっただけで。

 だが面倒ごとはさっさと終わらせるに限る。


 ゆっくり立ち上がり振り返る。踵に壁が当たるまで下がったがその距離は微々たるものだった。

 白坂を見下ろすとその顔は俺を見上げていて、クリクリの目玉と視線がかち合う。

 うわぁ、キラキラしてる。嫌な予感しかない。


「交換日記、読みました」


 家で読んでくれよ。


「ワタクシも文書にてと思いましたが居ても立っても、えぇ、もう叫びたく。えぇえぇ」


 叫び……?

 ちょ、もう我慢の限界きてるのでは。しおらしいトーンが消えかかってんぞ。


「ねーもー! 瀬名くん気付いてたの!?」


 ワァ。大興奮。


「あたしさりげなくサラッとやれてたよね!?」


 どこがよ。


「どこ!? どこで気付いたの!? 恐ろしい人だぁ、名探偵じゃん!」


 恐ろしいのはあの異常行動をスパイよろしく隠密にできていたと思っているキミの方だ。




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