第13話:「コイツに手ェ出すな」


 この考えが、予想が正しければ。

 俺はこれ以上迂闊なことは出来ない。

 いや、そもそもしてはいないのだけど。


 一体何が白坂のスイッチを入れたのか。

 昨日、昼休みより以前だよな。何があった。

 なに、が……。


「ねーねー、莉子ぉ」


 だらんと足を伸ばして座り、組んだ腕を見つめながら考えていると、ガタンと机が揺れた。

 腕から前方へ目を動かすと俺の机上にはスカートがあった。脱いであるものではないぞ、ちゃんと着用されている。

 つまり女子が俺の机に腰かけたのだ。しかも結構しっかり。

 意思とは関係なく短いスカートから伸びた太ももが視界に入って、首をサッと右へ動かす。視線は言わずもがなである。

 こんなもん、目の方角がそっちにあるってだけで大問題になりかねない。事実は無視で「なに見てんの?」となることは必至だからな。

 己は己で守らねばならない。自衛、大事。


「ちょっと! 瀬名くんいるでしょ!」

「えっ、あ、ごめーん。気付かなかった」


 再びガタンと机が揺れたので目玉だけを動かせば、白坂が女子の腕を掴んで立たせていた。


「人の机に座るとか駄目! 絶対!」

「ごめんなさいー」


 白坂が普通のことを言っている。

 あまりに驚いて思わずそちらをしっかり見ると、明るい茶色の髪を高い位置でまとめたポニーテールの女子がいた。

 くるんとした後れ毛はまさか、そこだけわざわざ巻いているのだろうか。

 まさかまさか、登校前にそんな労力を……? 全く恐れ入る。


 顔はまともに見なかった。すぐに視線を外したから。

 これは女子苦手カンケイナイ。

 白坂と違い彼女は制服のリボンを外していてボタンもアレで、胸元危うい着こなしをしているのだ。

 自衛、ジエイ。


「大体よそのクラスでさぁ」

「ごめんって~」


 別のクラスのご友人でしたか。

 ちょっとホッとした。

 クラスメイトであれば関わる危険性が高まるからな。俺がこの人の隣の席である限りな。


「えっと? セナくん?」

「……」

「机座ってごめんね~」


 明るい声での謝罪だが真っ直ぐ詫びられた。

 顔を向け「イエ」と小さく首を振ると、ポニーテール女子の隣でぷりぷりしている白坂が目に入る。

 ……いや、少々可愛く表現してしまったな。

 声は発していないが例えるなら「ガルル」がいいかもしれない。

 その人はキミの友人なのではないのか?

 鋭い眼光、威嚇、やめたげなさい。


「こわっ、莉子そんな怒んないでよ~。謝ったし」

「怒ってるんじゃないから」

「え、じゃなに」


 怒っていないと言う白坂に、あ。と思った。

 これは、やはり俺の予想は正しい、のかもしれない。

 とすれば今ポニーテールをギリギリ見ているのは、もしかして。


「ほらっ、セナくんと仲良くするから~」


 仮説を裏付けていく白坂にちょっとしたアハ体験が始まりかけたところで、俺の思考はスパンと遮断された。

 だってポニテが手を差し出している。

 握手、か? え、それはちょっと。


 だが俺が困惑や拒絶といった、何かしらの反応をする前にその手がぎゅっと握られる。

 白坂だ。


「ちょ、あははっ! なに莉子。なんで手ぇ出したし。アンタと握手しちゃったじゃん」


 二人は俺の前で仲良く握手。

 ポニテは体を揺らして大きく笑うからポニーテールがゆらゆらと動く。まさしくその名の通りだなと思った。

 しかし、白坂は真っ直ぐポニーを見て言うのだ。

 そこに笑顔はない。


「瀬名くんに手出さないで」


 瀬名くんに手出さないで(物理)。


 これはもう……確定だろ。

 そう思ったがとりあえずそれは後回しだ。

 だって、ちょっと、白坂。


「……うっそ、莉子」


 そんな言い方はよからぬ誤解が生まれ――


「かっこよすぎるんだが」


 なかった。


「えっ、そぉ?」

「ばちくそカッコイイって!」

「そっかなぁ、えへへ」


 ワァ……。

 そういう展開なるんダァ……。


「コイツに手ェ出すな。キリッ」

「うそうそっ、あたしそんなにかっこよかった!?」


 今の物真似は全くかっこよくなかっただろ。

 寧ろ馬鹿にされているのでは。


「うん、めっちゃキマってた!」

「やっばー」


 あ、そうなの。馬鹿にしてなかったの。

 本当にやっばいね。

 なんなん、この人ら。


 いや、別にいいんだけど。

 変な誤解されるより全然イイ。感謝です。



 とにかく、だ。俺の仮説は俺の中では確定となったわけだが、本人に確認しないことには。

 これはやらねばならないことである。俺的に。


 キャッキャと盛り上がる二人から完全に俺の存在は消えたようなので、机の中から適当に出したノートに『交換日記、貸して』とペンを走らせた。

 それをびりっと破り二つに折って準備完了。授業が始まってから隣の机に投げた。

 読んだ白坂は目をまぁるくして俺を見た後、鞄から空色のノートを出して俺の机にそっと置いた。


 わざわざコレに書く必要はないと思う。

 今投げた紙に俺の仮説を書いても良かった。

 だが相手を考えてほしい。

 どんなリアクションをするか分からないだろ。

 だって今もめっちゃ目ぇキラッキラさせてこっち見てるもの。はよくれと目が訴えてくるもの。

 駄目よ、「待て」よ。


 渡すのは、そうだな。帰り際にしよう。

 で、家でおとなしく読んでもろて。

 正解かどうかは明日のお楽しみとするさ。


 朝書いた『昨日のなに?』という自分の文字の下に追加で、気持ち大きめに書いた。

 ストレートに。抽象的でなく。

 少々恥ずかしいし情けない文言を含んでしまったが、俺の予想する白坂の行動原理はこれがしっくりくるのだから仕方ない。



 白坂、俺のこと女子から守ろうとしてる?



 ノートを閉じて机の中に入れる。

 小さく「えぇぇ……」と不満げな声が隣からしたが無視した。





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