第10話:数分間の平和


 **



 昼休み。弁当を食べ終えた俺らは一階、食堂のそばにある自販機へ向かっていた。

 理由は喉を潤したいから、だけではない。


「ちづ、今年は女友達できそうだね」

「は?」

「白坂さん。たまに絡んでるでしょ」

「お前はよく見てるな」

「心配だからね、ちづ大丈夫かなぁって」

「そうか、じゃあ席代わってくれよ」

「ん。無理」


 そんな爽やかに微笑んで拒否とは。

 そうか、お前もうっすら気付いてるな? 彼女が不思議生物であることを。


 さて。その不思議生物こそ、教室を出てきた理由である。

 弁当を食べてる間、片付けて智也とまったりしている時。ちょいちょい感じていたんだ、視線を。

 窓側の席で女子らとわっきゃいわっきゃい盛り上がってる白坂が、たまぁにこちらを見ているような気がして仕方なかった。


 や、目が合ったとか、その瞬間を捉えたとか、そういうわけではないんだ。


 自意識過剰? そうだな、最初はそう思った。恥じたよ。

 午前中にあんだけ見られてたから余韻でも残ってたのかもしれない。

 俺ってやつは……、と呆れたさ。


 だけども聞いてほしい。

 その送られてくる視線、俺が感じていた視線というのがさ、なんかこう……。

 見つめられているというような可愛いもんじゃなくて、鋭い視線と言えばいいのか。

 獣でもいるんかと思った。俺は野生的な何かにロックオンされているのではと。


 正直なところ、見られていようといまいと事実はどうでもいいのだ。

 問題なのは俺がそのことに心を乱されること。休み時間なのに落ち着かないということで。

 だから避難したというわけだ。


 ……だがこうして教室を出てくると、やっぱり気のせいだったんだという思いが強くなる。

 大体、友人らと楽しんでいた白坂が俺を見てくる理由がない。


 いやはや、気分転換というのは大事だな。

 同じ場所にずっといるから馬鹿みたいなことを考えるのだ。

 あぁ、外は空気がおいしいね。


「ちょっとは慣れてきたんじゃない? もう少し女子と喋ってみたら?」

「必要最低限は話してる」

「返事もろくにしないくせに、よく言うよ」

「してますー。相手には聞こえてないかもしれんが声は出してますー」

「首振りだけで成立するのは相手が優しいからだからね? 空気読んでくれてるだけだからね?」


 智也の言葉にふんと鼻を鳴らす。

 いいじゃないか、それで成立してんなら。


 相手が女子というだけで喉がつっかえるんだ。

 ひゅ、と吸い込んだ空気が詰まって、声を出すタイミングがずれる。

 それがひどく疲れて、より必要最低限の返事しかできないんだよ。


「せめて相手の顔は見なさいね」

「……」

「目とまでは言わないけどさ」

「ちゃんと首らへん見てますー」

「身長差あるのに首見てるって、それは相手からしたらもはや見られてないよ。ただ俯いてる人だよ」

「失礼な。立ってる時は頭頂部だ。俯いてる人じゃないだろ」

「ちづ……」


 ハァと深いため息を吐かれた。「そういうことじゃないよ」と苦笑までされた。

 じゃあどういうことだと思ったが目的地まであと数歩。もう自販機は見えている。

 そんなどーにもならない話より、何を飲むかというどーでもいい話にしないか。


 あ、そういやこの前奢ってもらったな。

 今回は俺が出そう。少し後ろを歩いていた智也へ振り返り「何飲む?」と聞けば、智也は垂れ目と口を大きく開いて俺へ手を伸ばしてきた。


「あっ、あぶな」


 伸びた手は俺に届かず、智也の声とほぼ同時、ドンと右半身に何かがぶつかった。


「いたっ」


 痛くはない。ちょっと衝撃があっただけ。

 声をあげたのはぶつかった何かだった。

 見れば、背の低い女子。の頭。


「あっ、ごめんなさい……」

「……イエ、こちらこそ、すいません」

「私よそ見しちゃってて。あ、そちらも自販機ですか?」

「え、と、まぁ、ハイ」


 ぶつかったのは頭だったようだ。その人は自身の頭を擦りながら俺を見上げた。

 女子が苦手といっても、誰かれ構わず苦手というわけではない。

 例えば店員は平気である。用件が終われば関わることがないからだ。

 これも同じで、今接触が起きたけれども過剰に飛び跳ねたりズササッとたじろぐほどではない。この人との関係は今ここだけだからな。


 とはいえ、多少は緊張するし、声は上擦ってしまうのだけど。


「あ、お先にどうぞ!」

「……いえ、そちらがどうぞ……?」


 互いに遠慮し合う時間、数秒。

 全く無駄なことをしていると思うのだけど、何でこんなことをしてしまうんだろうな。


 俺が一歩下がってみせると女子生徒はふっと笑って「じゃあお言葉に甘えて」と、持っていたピンク色の財布から硬貨を取り出した。


 その直後だ。

 明らかに走っている足音が近付いてきて、かと思えば真横に風が吹いた。ビュンと。

 そして、


「きゃっ……」

「は……?」


 俺と女子生徒の間に割り込んできたのは、ダークブラウンの頭。


「ハッ……ハ、ハァ……」


 肩を上下させ呼吸を乱して。


 何故だ、何故白坂が突然現れた。





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