第8話:少しだけ
二人の背中が遠くなってようやく門へ向かう。
数歩距離を取って歩く俺に智也も倣うから、まるで白坂が男二人を引き連れているみたいだ。
「比永くん怒るんだね。いっつもニコニコしてるから意外だった!」
「あはは、それはこっちもだよ」
「だってずっと聞こえててむかついたんだもん」
「せっかく好印象もたれてたのに、良かったの?」
「え? どーでもいいけど。そっちこそいいの? あの子、比永くんにお目目ハートだったじゃあん、うぇ~いモテ男」
「俺もどーでもいいよ、人を馬鹿にするような人間にどう思われても」
「どーかんです!」
「で、白坂さんは何でずっと空に向かってしゃべってるの?」
智也がたずねた疑問は俺もちょっとだけ気になっていた。
先頭を歩く彼女の団子は先ほどまでは頭のてっぺんにあったのに、今は後ろへ傾いている。
それは空を見ているからだ。
進みだして一度も俺らへ振り返っていない。智也へうぇ~い言ってた時もな。
「あたし上だけ向いて生きていくタイプだもん」
前じゃないのか。向上心すごいね。
……まぁ、アレだ。俺を見ないようにしてくれているんだろう。
普通に前向いて歩けばいいのではと思うが、なんというか、律儀といえばいいのかね。
転んでも知らんぞ。
「てか、ちづって可愛いねぇ!」
「呼ぶなよ」
思わず突っ込めばピタッと止まった白坂が突然くるんっと振り返る。
ばちっと目が合ってしまって咄嗟に視線を地面へ落とすと、白坂の真っ白なスニーカーがその場で足踏みを始めた。え、なに。こわい。
「どうしたの、白坂さん。嬉しそうだね」
「だって! 瀬名くんが!」
「うん、ちづが?」
「あの瀬名くんが……! あ、いや、え、っとぉ……」
弾んだ声がしどろもどろになっていく。足踏みも止まった。
ああ、なるほど。「あの瀬名くんが」のあのが指すのは、女子が苦手な、か?
まるで国語のテストのように導き出したが、この回答は多分正解を貰えると思う。
続けるのをやめたのは気遣ってくれたといったところか。
ちなみに智也は知っているが――と、そろそろ小走りでもした方がいいな。
門のところで教師が一人、こちらをじろりと見ている。
「お前らァァァ! 何テロテロ歩いてんだ! さっさと来い!」
「うわ、誰か怒られてるよ~」
どう考えても俺らだよ。
***
5月30日(火)
今日はごみ拾いおつかれさまでした!
去年もだったけどめっちゃ落ちてるよねえごみ。
でもすっごいきれーになったよね!
てかひながくんにせなくんの話聞くの完全にわすれてたんだけど。さいあく。
ぜったい聞く! まじ楽しみ~
あ、いいよね? だめ? いや?
ノートをベッドに置いてごろりと横になり天井を見つめた。
これは駄目だと書いたら従ってくれますかね。
別に自分のことを話題にされるのは構わないしどうでもいいんだけど。
でもこの人の場合、俺を巻き込むじゃん……。
勝手に智也と盛り上がってくれるならいいけど、違うじゃん。絶対その輪に入れられるじゃん。
瞼を閉じれば日記の影響か、地域清掃を思い出した。
班ごとに固まって作業をしていたから俺の意識には白坂がたんまりとある。だから浮かぶ映像には彼女の姿があるのだけど、きっとそうでなくても俺は彼女を思い出すに違いなかった。
いや、俺だけではないか。
例えば智也に清掃の話を振れば、アイツも白坂の名を口にするだろう。
彼女はずっと忙しそうだった。
せっせとごみを拾い、騒ぐクラスメイトには「迷惑行為やめよ」とやんわり注意。
散歩中の犬と戯れ、ごみを拾い、「ありがとうねぇ」とお礼を言ってくれた通りすがりのおばあちゃんとキャッキャと談笑。そしてごみを拾う。
誰よりも地域清掃に励んでいた。
団子が崩れても気にせず、ジャージが汚れても笑って。
クラスの女子が「白坂さんって去年も頑張ってたよね」と会話をしていたが、彼女の野太い声がそんなもの吹き飛ばした。
拾った空き缶に虫がついていたらしい。「ウオオオオオオ」て。どっから出したんそんな声。
俺が知る白坂莉子という女子は、隣の席で目立つ容姿をしていて。
漢字がちょっと書けない人で、だんまり決め込む俺のようなクラスメイトにしつこく構う変な人だ。
だけど今回、俺は彼女が何故いつも人に囲まれているのか。それが少しだけ分かった気がする。
彼女はサボるクラスメイトに怒ることもなく「お前頑張るね~」と茶化す男子にも「おうよ!」と笑っていた。
普通、真面目にやっている者からすれば不真面目な人間には腹が立ったりすると思うのだけど、彼女は気にしていないようで。真剣に、楽し気だった。
そんな姿を見てだろうか、いつしかうちのクラスは全員が作業に励むようになった。
汚いと言っていた女子も「なんで捨てるんだろ」と拾っていたし、ダラダラと歩くだけだった男子も「袋もっとねぇの?」と教師に聞いていた。
正義感とか委員長タイプとかじゃないと思う。だからみんなをまとめようとしないし強要もしない。
楽し気な様子は綺麗にすんの気持ちいい的な感覚だったのではないだろうか。彼女の中に「やらされている」というものは存在していないのかもしれない。
アレは多分根っからの陽なのだ。
じめじめとした場所より日の当たる場所を求める人間の方が多いだろう?
だから彼女には人が集まるのだ。
そして周りを自然と盛り上げてしまう。
「千弦ー、ごはーん」
母親に呼ばれベッドから起き上がる。
部屋を出る前、ノートにペンを走らせた。
これを読んだ彼女はまたオーバーな反応を見せるだろうか。
おつかれ
しつこいようだが俺は面倒くさがりだ。
何を書いていいか分からないものに時間を割きたくはない。
だけども今回は頭を悩ませることなどなく、なんなら伝えたいとさえ思った言葉だった。
――――――――
お読みいただきありがとうございます。
☆評価増えてる……!ありがとうございます!感謝の更新……!
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