第4話:もう許してくれ
5月18日(木)
今日はみんなでアイス食べてきました!
おいしかったあ!
でもお店クーラーすごくてさむかった……かぜひくかも。休んだらごめんね。
てか今日めちゃくちゃ楽しかったねー!
これからもっと蝶ろーね! ←せなくんのおかげでひとつかしこくなったあ。ありがとー
金曜、俺の手元にこれがある。というわけで白坂はいつも通り登校した。何がごめんなのかな。
元気なのは何よりだが、……これは俺が書いたものを見ながら書いたのだろうか。
左のページに残っている白坂とのやり取り。『喋りたくないから』の文字を確認した。
うん、正しく書けている。
隣にあるものが何故書けないのか。
蝶ろー……惜しいが意味はかすりもしない。声にしたら長老である。
虫じゃないのよ、何で余計なもんつけたかな。
頼むから俺のおかげでとか吹聴しないでね。間違ってるからね。
……それはさておき。
週末、休み前。それは時に人をおかしくさせる。
ペンを手にしたのはそのせいだろう。
何を書こうかなんて頭を動かす必要はなかった。
書くべきものは決まっているのだ。
白坂の文字の下にある余白にペンを走らせる。読みました、と。
***
月曜日。いつも通りノートを渡した俺に、
「瀬名くん……、遂に……」
「……」
白坂は笑顔を向けた。
彼女の反応に俺は少々驚いていた。
ページを捲り大きな目を更にでかくさせ、やがてふるふるとノートを震わせる。
そして笑顔ときたのだ。
言われた通りに書いただけでこの反応。
書く内容に頭を悩ませる必要がないのなら然程負担ではない。それくらいはするさ。
俺は面倒くさがりだが怠惰なわけではないのだ。
「嬉しい……。瀬名くん、心開いてくれたねぇ」
え、そうなる?
すげぇな、これがポジティブか。
「ハッ! この感動は今日の日記に書くね!」
「……」
彼女がやる気を出している。それはひどく疲れる予感がした。
やってしまった、のかもしれない。
***
5月22日(月)
今日は天ぷらまつりの日でした!
あげたてをすぐ食べるのー!
まっじで最高!
あっつあつのエビをしおで…あー! また食べたくなってきた!
キミは何で食べるのがすき? 天つゆ?
翌日渡されたノートにほっと胸を撫でおろす。いやはや、杞憂であった。
天ぷら祭りというのが何かは分からないが、まぁ夕食の話なのだろう。
彼女の頭の中は衣でいっぱいだったようだ。
そもそも朝の話。彼女にとっては遠い過去になっていたのかもしれない。
白坂、キミの頭の切り替えの早さ、いいと思う。
さ、返事返事。
あの一言であんなに喜ばれてしまっては、こちらも多少やる気が出るというものである。
そんなわけで。
白坂が日記を書いて俺が読む。
返事を書いて渡す。
そんなのが数日続いた。
ひとつアクションは増えたが返事の催促がなくなったのは実に快適だ。
後は彼女が飽きてくれるのを待つばかり。
そう呑気に考えていた。
嵐の前のなんとやら。……俺は実に甘い人間であったことを本日知ることになる。
昼休み。トイレから出ると待ち伏せでもしていたのか白坂がいた。
「ちょっといいだろうか」
俺の肩辺りにある顔はキリッとしていた。
目を平らにし、立てた親指で人のいない廊下の隅を指す。なんとも男前な誘い方だ。
良くはないが従うしかあるまい。
この場を逃れられても彼女は隣に座るのだ、俺に避難場所はない。追いかけられても困る。
ならば最短で終わらせることが大事である。
サラサラ揺れるダークブラウンの髪を見ながら数歩後ろを歩いた。
「あたしね、心広い方かなって思うの」
廊下の端に辿り着くと振り返った白坂は仁王立ちで俺と向き合った。そしてなんか言ってる。
「だけどさすがに、言わせてほしい」
早く言ってほしい。
「人が黙ってりゃあキミ、あれからずっと読みましたて……」
え。まさかのクレーム?
なんと。お気に召してなかったとは。
「読みました読みました読みました……」
「……」
「もういいって、読んだの分かったって」
「……」
「ごめんて。もう許してくれ」
「……」
「一体何がキミをそうさせるのか」
「……」
「分かんないんだけど! 本当、結構考えてみたんだけど、まっじで分かんないの! 何故キミはそれしか書かない!」
白坂は俺を見上げたまま「なんなのか!」と両手で頭を抱えた。
そんな全力で何で何で言わんでも。
大体、何故だとはこちらも言いたい。何故そこまで我慢したのだ。
俺が返事をするようになってどれくらい経つ?
もう一週間じゃなかろうか。
てっきり成立していると思っていた。
そういえば返事がないことに痺れを切らしたのも間が空いていたな。いや、言われはしていたけど。
爆発したのは一週間以上経ってからだった。
と、頭を抱えていた手がぶらり、落ちる。
俺を見上げていた顔は僅かに下がった。
そして流れる無言の時間、数秒。
「瀬名くん」
白坂は眉を下げた笑顔を見せた。
「男子とは普通に喋るよね。……でもあたしとは、どうして駄目なのかなぁ」
「……」
「もしかしてあたし嫌われてた? ならごめんだよ……」
そう言って更に眉を下げる笑顔はまるで自嘲しているようで、チクと胸が痛んだ。
えっと……いや、うん。思うところはある。
なんか、いろいろあるさ。
だがそんなのは後で、そうだな、授業中にでもやるとするさ。
今すべき事は内側ではなく外側にある。
ぐしゃぐしゃと髪を搔いて小さく深呼吸。俺はゆっくり口を開いた。
「……緊張する、から、しんどい」
発した声が少し掠れてしまったのは言葉通りの状態だからである。
いきなり本題、名を呼ぶことや前置きなんてのをすっ飛ばしたのもまた然りだ。
交換日記なんて俺からすれば謎の行為に違いないんだが、それだけではない。
白坂よ、俺は女子が苦手なんだ。
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